僕は青年海外協力隊として9月からマラウイに2年間派遣予定だ。
その事前準備としてマラウイを知る為に下記の本を読了。
【読んだ本】
『マラウイを知るための45章【第2版】』栗田和明著
【概要】
マラウイについての情報を幅広く載せているとても貴重な本。2010年の改定で一部が追加されたが基本的には2000?2002年の情報を元にしている。
【所感】
●アフリカの国としてはとても安定している。
The warm heart of Africaと呼ばれアフリカの中ではとても安定した国として有名である。かつて奴隷とされた民族とそれを助長した民族や殺戮をした民族と殺戮をされた民族等、他のアフリカ諸国同様多様な民族を抱えている。しかし安定し続けているのはなぜか。一つには初代大統領のバンダによる統治が長く続いたこと、もう一つには資源がなかったことがあげられるのではないか。
独裁は必ずしも国家を疲弊させるものではないと思うし、資源がもとに国が腐敗、荒廃することもある。シエラレオネでのダイヤモンドによる紛争などはそのいい例だ。
●エイズとマラリアのアプローチの違い
エイズの存在や感染原因、その防止についての認知度合は高いようだ。98%がエイズ感染についてきたことがあり、その内3分の2は一つ以上の予防方法を知っている。それに対してマラリアは農村部では蚊が媒体ということを知っている人は4割以下である。
この二つの病気の違いは、それを解決する為のアプローチの違いを意味する。僕は青年海外協力隊としてコンドームや蚊帳の販売に携わる予定だ。
エイズに関しては知っているとの前提の上で、何故使わないかということを分析しないといけない。そもそも買える場所が近くにないのか、価格が合わないのかなどである。障壁を取り除くアプローチと使うモチベーションを上げるアプローチの双方バランスを取りながら行う必要がある。
マラリアに関しては販売と合わせてその啓蒙活動をまず行う必要がある。何がマラリアをもたらしているのか、どうすればそれが防げるのかといったことを理解してもらう。その上で販売戦略を練る必要がある。
●観光客数
マラウイの観光客数は2000年に5万人、2008年に18万人と増加傾向にある。絶対数として多いわけではないが8年間で3倍に増えている事実は前向きにとらえられる。他のアフリカの諸国と比べての安全性や穏やかさをしっかりとアピールできれば今後もこの増加傾向は維持できるのではないか。恐らくヨーロッパや他のアフリカ諸国からの観光客が多いのだろうと思われる。
●女性の収益向上
女性が家でどぶろくを醸造したり、チブクの販売手数料をえたりするのは彼女たちの収益向上・自立化につながっているはずだ。やはり農村や家庭で仕事を行えるということは良い影響が多いと思う。他にもこのような事例をまとめて他国へのスケールアウト出来る事業等を考えたい。
●BOPビジネス
小分けにするBOPビジネスというのは聞いたことがある。味の素に代表される調味料やシャンプー、洗剤等である。これは小分けにして安価にすることで貧困層でも購入することが出来るようにする仕組みだ。マラウイではそれがお酒でも小分けビニールにして行われているとのこと。生活必需品だけではなくてそういった嗜好品の分野でも応用できる手法なのだなと感じた。
●貴重な情報
この本はマラウイの情報がしっかり体系立てて幅広く記載されてある情報ソースとしてとても貴重な存在だ。2000?2002年の情報がベースとなっているので少々古いともいえる。しかし逆にその頃と比べて変化している点、していない点を感じることも出来るはずだ。
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以下内容箇条書き。参考までに。
【マラウイの概要】
・マラウイの大きさは北海道と九州を合わせたより少し小さいくらい
・マラウイ湖は九州の3分の2の大きさ
・マラウイ湖は国土の20%ほど。
・人口密度は100人/キロ平方メートル程。アフリカ諸国と比較するとかなり高い。
・マラウイ湖の領有をめぐってはタンザニアと論争がある。しかし現在は互いに表面化しないようにしている状態にある。
・キリスト教70%(プロテスタントが多い)、 イスラム教20%。
・民族集団は40ほど。しかし区切りが難しく、変化もする。
・公用語は英語とチェワ語。
・チェワ語とニャンジャ語はほぼ同じ。
・ニャンジャ語はモザンビーク、ザンビアで話されている。
・マラウィとはチェワ語で光、炎を意味する。
・他のアフリカの国よりは少ないが、欧米人、アジア人もいる。商店などはアジア人が経営していることが多い。
・役所の窓口の役人が賄賂を請求することはない。
・レジデント料金という在住者に対してのホテル等の割引制度がある。
・19世紀、アラブ人やヤオ人による奴隷貿易の被害にあった。またンゴニ人による殺戮もあった。
・ショップライトというスーパーマーケットが2001年に進出。2000年にはタンザニアに進出しており、モザンビークにもある。(P49)
【歴史・政治】
・19世紀のスコットランドの探検家、リヴィングストンが有名。功績には賛否ある。
・独立運動で初めてのなくなったチレンブウェ師はお札になっている。
・1964年に独立、初代大統領はバンダ。ロンドンで開業医だった。
・かつてバンダが数十万人を投獄した監獄が現在は博物館となっている。
・コタコタにリヴィングストンが立ち寄った樹の近くにバンダが初めて政治集会を開いた樹がある。
・1968-1993年には女性は膝丈より長いスカートの着用、男性は偏り長い髪が禁止というドレスコードが適用されていた。
・2000年のマラウイの国家予算は350億K(525億円)。(P66)
・2000年の受ODAの総額は170億K(255億円)、日本のODAは40億K(60億円)+技術協力20億K(30億円)。
・バンダ政権は西欧との関係が強かった(西欧としても冷戦下、西側の一員としてマラウィを重視していた。タンザニア・モザンビークは東よりだったりしたので)。またアパルトヘイトを推進する南アフリカとの外交も持っていた。その為、国内の圧政が見過ごされていた部分もある。
・しかし時代の流れには逆らえず1994年に複数政党制の選挙が行われ、バンダは敗れ、2代目としてバキリ・ムルジが大統領になった。ちなみにムルジはマラウイでの少数派であるイスラム教徒。なお97年にバンダは死去。
・2000年、Sクラスのベンツを39台、約3億円で買い、各省の大臣、官僚に配るということを行い、イギリスからバッシングを受けた。
・ムルジ政権94?2004年(2期)、3代目ムタリカ政権2004年?2012年(急逝)。マラウイは大統領は2選。
・2012年からムタリカに変わりジョイス・バンダが初の女性大統領となる。
【産業】
・外貨収入の半分以上はたばこの輸出。栽培農家数は7万世帯。
・たばこの収穫は人手がいる。下の方の葉から熟し、それを判断し刈り取る為、一律に機械で狩るのが難しいためだ。そこで問題になるのが、子供の長時間低賃金労働だ。しかし一方で子供を使わず大人だけでは賃金があがり、国際競争力を失うとの主張もある。
・茶の大規模農場は24の企業が行っており、個人経営は5000世帯。
・紅茶の生産のほとんどが輸出用。また高級品はすべて輸出用で国内で手に入るのは大して質がいいものではない。
・燃料としての森林伐採が進んでいる。
・マラウイ湖南のチルワ湖も漁獲高が高い。
・チャンボ、カンブジ、マテンバ、カンパンゴ(ナマズ類)という魚が食される
・マラウィ湖はダイビングスポットとしても人気。釣りもできる。
・リロングウェが首都になったのは1975年、議会が移ったのは94年。それまでの首都はゾンバ。
・ブランタイヤが最大の都市のひとつで、そのリンベ地区は工業地帯。
・スコットランド人実業家ムーア兄弟の弟のあだ名がマンダラで、マンダラ農場等その他かれの名を関した商号が多い。運送業などグループを築いている。
・ゴムは加工する企業がないので、ジンバブエや南アで加工される為に輸出されている。
【都市】
・2000年に台湾の援助で開業したムズズ中央病院のHIV検査が能力が高い。
・ムズズは市街地に空港があり、建物は3階までと規定されている。実際4階のものもあるようだが、4階部分は使われていなかったりする。
・主要都市は北部のムズズ、中部のリロングウェ(首都)、南部のブランタイヤ、ゾンバ(旧都)
・北部の都市カロンガの西方には有名な呪術師がいる。
・呪術師によるエイズ治療もおこなわれている。(P134)
・南アフリカにいったマラウィの呪術師は新聞広告を出したりした。
・コタコタ:リヴィングストンが奴隷廃止を求めて奴隷商人ジュンベと会談した記念の樹が残っている
【賃金】
・マラウイの最低賃金は都市部とそうでない部分で二つ設定されている。
・2002年の給与水準。セカンダリー卒20?30代ホワイトカラー2000?5000K、40代で各セクションの中心8000K、セカンダリーの先生は3000K、ハウスキーパー、コック、ガードマンなどは500?2000K。(月給)
・高級官僚月給5?7万K+手当10万K+退職金在職期間の給与と手当の25%。手当には水道、電気、電話、コック、庭師、警備員、家賃、ガソリン代、教育費等が含まれ、給与より多い場合がある。
・国会議員は月給3万K+手当。さらに会期中は6000K/日の宿泊費が出る。2002年に5万K、2002年7月からは10万Kになったとのこと。
・大学教授は数万Kで他の職業よりは高いが、南アフリカ、ボツワナなどに比べると低く、人材は海外に流出しているよう。
・自営での稼ぎ。食堂で700K、醸造酒製造販売850K、魚の仲買1000K、マンゴーの仲買600K、ミニバスの客引き300K。いずれも日の利益。
・同様の時期の物価。電気がきてない家で2?3部屋で月200?300K、簡易な食堂での食事一回30K以下。
【生活】
・マラウイの電機は230Vである。また突入電圧400Vまで行くこともあるらしい。
・マラウイで給電されている世帯は2007年で8%。都市部で52%、それ以外2%。南部アフリカ経済開発共同体SADCでの平均が20%でマラウイが最低。
・マラウイの大学はマラウイ大学とムズズ大学。
・公務員の給与が払えずレイオフが実施されることもある。また承認された予算額よりも少ない金額が実際には渡される。
・インターネットカフェもある。リロングウェ、ブランタイヤ、ムズズには10軒ほどある。
・警察官による車に対する路上検問は多い。
・盗難にあった車がモザンビークやザンビアで発見されることも多い。国際的な捜査態勢、インターポールとの連携が上手くいっているのでは。
・マラウイの自動車保険と一時輸入許可があれば他国の免許でも入国して3か月以内であれば車を運転できる。
・食用のネズミが串にさして売られている。
・デンマークのカルズバーグが工場製のビールを醸造している。
・ビニール袋に小分けにした蒸留酒も売っている。ボトルよりも価格が安いので購入しやすい。
・チブクというどぶろくがある。チブクバーも各地にある。
・個人でのお酒の醸造は合法。しかしカチャーソーと呼ばれる蒸留酒づくりは違法。しかしこれは存在している。
・タンザニアにはでは村の女性が醸造酒を作って現金収入を得ている。
・マラウイでも一部独自に醸造酒を作ることもある。チブクを売って手数料を稼ぐこともある。
・女性の服装としてミニスカートだけでなく、ズボンも挑発的とみられる向きがある。
【保健衛生】
・1985年に初めて、マラウイにおけるエイズ発症が確認される。
・HIV感染予防の掲示板には大統領が登場したりしている。
・98%がエイズ感染について聞いたことがあり、その3分の2が一つは予防方法を知っていた。
・対してマラリアの感染が蚊を媒体にしていることは農村部では4割以下の人しかしらない。(National statistical office 2000)
【ローカル・オーソリティ】
・マラウイは3州27郡に分かれている。
・各郡は伝統的なローカルオーソリティを持っている。シニアチーフを頂点に、その下にチーフ、GVH(Group Village Headman )、村長が階層を為している。
・彼らは日常的な争いの調停、作物の増産、道路・学校等のインフラの整備、に携わる。また土地の裁量権も持っている。
・北部ンコンデ人の首長ムワカスングーラさんについては、ジャーナリストのMwalilino氏のまとめたものが詳しい。
【他国との関わり】
・住民の周辺国との流動性は高い。例えばポルトガル語圏のモザンビークから英語を学びに来るものもいる。
・南アフリカから進出してきている企業も多い。
・タンザニアでハウスキーピングの仕事をするマラウイ人も多い。
・不法滞在で南アフリカからマラウイに送還される人は月50?100名ほど。逆は10名。
・マラウイは鉱山資源がなかったので周辺国に出稼ぎに出ることが多かった。
・マラウイの輸入の13?20%がタンザニアのダルエスサラーム港経由。内陸のマラウイはダルエスサラームやモザンビーク、南アフリカの港から物資を入れる。
・元々は台湾と外交を結んでいたが、2007年、台湾と断交し中華人民共和国と外交を結んだ。
・マラウイ、タンザニアの国境では密交易がおこなわれている。マラウイ側からは砂糖、米、ビールが輸送されており、タンザニアからは自転車、肥料、カンガ、土器などが運ばれている。
・ビールや砂糖を密交易するときは発見された時に言い逃れが出来ない。ラベルにマラウイ製と書いてあるためだ。一方米などは見つかったとしてもマラウイからのものとばれないこともある。しかしリスクは低いが利ザヤも低いようだ。
・ンギリ、フィパーレ、エサンバ、キホダ等のダンスが有名。
・観光客は年間18万人(2008年。2000年は5万人)。9か所の国立公園や動物保護区がある。