皆さんは以下のようなジョークを聞いたことがあるだろうか。
・犯罪者の98%はパンを食べている。
・パンを日常的に食べて育った子供の約半数は、テストが平均点以下である。
・暴力的犯罪の90%は、パンを食べてから24時間以内に起きている。
・パンは中毒症状を引き起こす。被験者に最初はパンと水を与え、
後に水だけを与える実験をすると、2日もしないうちにパンを異常にほしがる。
・新生児にパンを与えると、のどをつまらせて苦しがる。
・18世紀、どの家も各自でパンを焼いていた頃、平均寿命は50歳だった。
上記はパンについて誤ったことは述べていないが、
パンは危険であるという印象を与えることに面白みがある。
マレーシアへ向かう飛行機の中で横に座っていたマレー系シンガポールの方と話をする。
彼女は元々仏教徒だったのだが、15年ほど前にイスラム教に改宗したとのこと。
旦那さんは日本人で、娘さんもいらっしゃる。
やけに“おばちゃん”という発音が流暢なこの50代半ばくらいの方は
イスラム教への間違った認識を嘆いていらした。
学校で娘がイスラム教だからといじめられたこともある。
自身に対しても仕事中は日本人も普通に接してくれるが、
外を一緒に歩こうとはしてくれないらしい。
ビジャブというスカーフを頭に巻いている為、一見してムスリムとわかる為だ。
キリスト教や仏教の人が犯罪を犯した場合はその動機や事件の背景が報道されるのに、
イスラム教徒が犯罪を犯した場合はなぜか宗教のレッテルが全面に出る。
少し前にイスラム過激派による犯行とはいうものの、
その国のほとんどの人がイスラム教だった場合、
単にその母集団における過激派なわけでイスラム教というのを付けることに
正当性を感じないといった内容のブログを読んだ。
まさにその通りだと思う。僕個人に関して言えば、イスラム教の人に危険な目にあわされたり、
何か変なことを言われたということは全くない。
むしろとても礼儀礼節を重んじ、人に親切にしてくれる印象しかない。
例えばトルコを旅行した時も皆にとてもよくしてもらった記憶しかない。
唯一あるとすればインドでトイレを貸してもらえず、
結局UOA(Unko in the Open Air)をすることになった思い出くらいだ。
しかし多くの日本人はイスラム教の人と接したことがなく、
情報を報道に頼っている現状があるので、
どうしてもイスラム教への偏見を持つことは仕方がない部分もあるかもしれない。
そう考えたときにやはり自らの一次経験というものの価値を再確認する。
人から伝え聞いたこと、新聞やTV等のメディアから得た情報、
本から得た知識、それらはもちろん大切だがやはり第一に依るべきは個人の経験と思考なのだ。
かつろう
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