宮城谷昌光『孟嘗君』 書評その4 .94

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宮城谷昌光の「孟嘗君」を呼んだ。

孟嘗君(田文)は中国の戦国時代の人で、斉、魏、秦といった国の宰相になった人で紀元前4世紀から紀元前3世紀に生きた。物語の後半部はこの孟嘗君の活躍が中心になるのだが、前半部から中盤にかけては白圭という商人が主体となって物語が進んで行く。白圭はもともとは貴族の血筋にいた人なのだが、齢を重ね商道に進んでゆくという内容だ。

この白圭は司馬遷の史記にも記されているらしい。司馬遷は古代中国の歴史家で、じつは司馬遼太郎もこの司馬遷に遼(はるか)に及ばずという意味合いを込めて、ペンネームを付けたほど歴史家のしての声望は高い人である。

その白圭が商売で成功をおさめ、そして取り掛かった事業が河川の氾濫を治めるための堤の建設だという。堤と聞けば信玄堤などを思い浮かんでくるが、これは信玄などの治世者が社会福祉のために行う活動の一環だと言える。行政が担当すべき公益だ。
(信玄堤:武田信玄が築いたと言われる堤。河川の氾濫を防ぎ社会の安定・発展に寄与した。)

しかし白圭は商人の身でありながらこの大事業を幾年にもわたり行い、そして完成した。

昨今CSR(企業の社会的責任)という考え方が出てきたり、社会起業家、ベンチャーフィランソロピーという言葉が注目を集めている。企業は株主だけのものという考え方や、利益を出すことにのみに意義があるという考え方はもはや時代遅れになりつつある。これは素晴らしいことだと思う。社会を良くするということが商売の根底にあると思うからだ。
(ベンチャーフィランソロピー:非営利企業や社会的企業に、社会的なリターンを主な目的として投資、経営支援をすること)

しかしこの白圭の事業も利益を度外視した社会的な事業であると言える。言葉としては最近出てきたのかもしれないが、社会の為の事業を商いというテコを利用して行うという考え方、生き方は2000年以上も前からこの世の中にあったのだろうなと思う。

売り手よし、買い手よし、世間よしの近江商人の三方よし”という考え方もこれに近いものだと感じる。

人生において、どういう肩書き、どういう道で生きるのかということはあまり重要なことではないのかもしれない。白圭は商売の道を歩み、人々の福祉の充実に尽くした。一方、斉の宰相として描かれる鄒忌(すうき)は政治を民の為ではなく、己のための道としてしか見ていないきらいがある。

社会のために行きたいと思うことを出発にすれば、ビジネスの道を歩もうが、NGO・NPOの道を歩もうが、国連といった国際機関を歩もうが、政治の道を歩もうが、問題ではないのかもしれない。政治家であろうが商人であろうが、司馬遷のような慧眼を持った歴史家によって史書に記されるだろう。

どういった自分でありたいか、どういった物事を成し遂げたいのかということを明確に意識し、その為に自分を鍛錬してゆけば、どういった道を歩もうが満足のいく一生を得られるのかもしれない。

かつろう

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