マラウイ人がポイ捨てをする理由 .124

ぽいすてのゴミ

 

●ポイ捨てをしまくるマラウイ人

マラウイの人は所構わずゴミを捨てます。道端を歩いていてもポイ。ミニバスに乗っていても窓からポイ。とうもろこしの芯、ビニール袋、空き缶。なんでもかんでも捨てます。日本人の間隔からすると、違和感を覚えます。

では何故マラウイ人はポイ捨てをしまくるのでしょうか。

私はその原因がハード面では急激に発展をとげたけれど、ソフト面が追い付いていないという社会形成のあり方にあるのではないかと思います。

●ポイ捨てが悪とされる2つの理由

ポイ捨てが悪とされる理由は2つあります。

1つは景観が汚くなるということです。街がゴミで汚れるのです。これは治安の悪化にもつながると思います。汚い街や落書きが多い街は自然と治安が悪くなると思います。逆に治安が悪いから汚くて落書きがあるとも言えますが、双方が影響し合っていると思います。

もう1つは環境に悪いということです。プラスチック等を捨てた場合、それは土に還らないので環境破壊に繋がります。海ではカメがクラゲと間違えてビニールを食べるということも聞いたこともあります。

●ハードの発展にソフトの充実が追い付いていない

元々、都市化する前の人間社会ではポイ捨てが悪とはされていなかったと思います。

昔はプラスチックといった化学的な物質はなく、自然物だけが消費されていたはずです。動物の骨や果物の芯など食べ物の残りをそのまま捨てたとしてもそれは土に還り肥料になっていたはずです。むしろ環境のことを考えるとポイ捨てした方が土を肥やすので良いとも言えるかもしれません。
同様に景観についても、昔はそこまで考えられなかったはずです。コンクリートで舗装され、ビルが立ち並ぶ中で都市の「景観」という概念が生まれたわけで、その以前は自然と人の住む集落が混ざり合っていたはずです。その中では、街をきれいに保つということを意識しなかったはずです。

このように元々社会はポイ捨てを気にしなかったはずなのですが、徐々に都市化が進み、ゴミ自体もプラスチック等、自然に有害なものになるにつれて、人々はポイ捨てを悪いことだとして捉えるようになります。そしてそれを啓発、教育することで社会としての認識を形成したのだと思います。日本や先進国の人はこのようにして現代のポイ捨てに関する認識を持つようになったのだと思います。

対してマラウイはどうでしょうか。先進国の技術や物質が外から急に入って来ました。技術や資本を一つずつ発展させてきた先進国に比較すると、マラウイは既存に存在するそれらを急激に受け入れた形です。首都リロングウェや商業都市ブランタイヤ等では都市化が起こり、また化学的な物質も入りこんできた一方で農村部では昔ながらの生活が続けられています。

この変化が急だったので、ポイ捨てがダメだという価値観の醸成が行われなかったのではないかと思います。普通は都市化し、物質の進歩も行われる過程で文化や価値観もそれに伴って進化するはずですが、マラウイでは急激な都市化や物質の流入によって、そういったソフト面での変化が伴わなかったのではないかと思います。

村の茂みにサトウキビの食べ残しを捨てる感覚で道路わきにプラスチックを捨てて、とうもろこしの芯を木陰に投げるのと同じ感覚で空き缶を投げ捨てる、つまり以前の間隔のまま変化した社会に生きているのではないかと思います。

進歩史観的に先進国の考え方・あり方が絶対正しい、良いとは思いませんがもしそれを発展していると表現するのであれば、バランスのとれた社会の発展にはハードとソフト面での双方の充実が大切だと感じます。

かつろう

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コメント

  1. 冒険女子 より:

    私も今ポイ捨て問題に取り組んでます!
    フィリピンもポイ捨てひどいです・・・あまりの躊躇のなさにびびります。

    日本において、「ポイ捨てをする」ということは「恥」であり、特にその行為を他人に見られることは自身のメンツを潰すことになり、それは日本人が最も恐れていることだと思います。そういった恥を恐れる文化が抑止力の一つになっていると思います。
    他の先進国でも同じように自身に対するプライドがポイ捨て抑止力になっているケースが多いように感じます。「ポイ捨てするヤツは、UneducatedでUndisciplinedな下級の人間だ。自分はそうじゃない。」
    もしくは、信心深い人であれば「神が見ているから、捨てない。」

    環境破壊うんぬん色々建前を並べたがりますが、結局は自分のプライドやステータスを守るためにみんなポイ捨てをしないという選択をしているのではないかと思うのです。

    フィリピンでは、フィリピン人自身のプライドの低さというか、自信のなさを感じます。
    「外国人は素晴らしい。」「外国製品は素晴らしい。」「日本人はすごい。」「日本はきれい。」みんなそう言います。
    私がポイ捨て問題に取り組むにあたり、色々と同僚に話しをしても、「フィリピン人はそういうメンタリティだから無理。」「フィリピン人は日本人と違ってしつけがなってないから無理。」といった感じで、あたかも日本人とフィリピン人は全く別の生き物かのように話します。

    フィリピンは過去数百年色々な国に占領されてきたので、そういった歴史的背景がフィリピン人のプライドのなさに起因しているのかもしれません。
    (もちろん全てに関してフィリピン人がプライドを持っていないわけではなく、歌やダンスがうまい、美人が多いなどに関してはめっちゃ自信持ってます笑)

    プロダクトのプロモーション同様、ポイ捨て禁止に関しても人間の本能や欲求に訴える形で訴求できたらベストだし、実際先進国では「自身のプライドを守る」という人間の欲求に訴えることに成功しているのですが、そもそもそういったプライドがないフィリピンでは、どんな本能や欲求に訴えるのが効果的なのだろう・・・・というのが今の私の課題です。

    ・・・なんか、コメント欄で勝手に考察してしまいました。失礼しました笑

  2. 谷口香津郎 より:

    恥の話は最もだね!それに宗教的な道徳観もとても納得できる!
    この記事を書く前にそのフィードバックをもらってれば更に深い記事が書けたのに、どうして教えてくれなかったの!!って書く前には無理だよね笑 ありがとう、とても有益なコメントでブログ本文とコメント併せてコンテンツとして完成度が上がった!それが双方向のメディアの強みなのだろうね。うん、勉強になった。

    恥の文化は特に日本は強いだろうし、一朝一夕でフィリピンの人にそういった感覚を持ってもらうのは凄い難しい気がする。。

    実は街をきれいに、ポイ捨てをなくすに辺り、1ついい案を持っているのだ。意識改革は難しいから、ポイ捨てをしないようなシステムを構築するという方策。また後日ブログに書くので要チェックや~

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