わからないと言える勇気 .11 

カンボジアから帰国し、昨日お世話になっている方に訪問をした。
その際にジャケットが必要だった。スーツを持っていたのでそれで行こうと思っていた。しかしその前夜0時を越えてからスーツを確認するとしわくちゃだった。
それもそのはず、カンボジアで衣類圧縮袋の中で一度も出されることもなく眠っていたのだから。

チノパンにジャケットというスタイルならなんとかなる。しかしジャケットがない!
朝8時に開いている服屋さんを探す。ファスト・ファッションの某大手U社の東京駅にある店舗なら空いているということがわかり、朝一で向かうことに。

お店は駅構内と、駅の外にもあった。まずは駅構内の店舗を見てみることに。
駅構内の店舗はあまり大きくなく、ジャケットがおいていなかった。
店員さんに聞いてみる駅の外の店舗も同様の商品しか扱っていないのでジャケットはおいていないとのことだった。
銀座店や新宿店の大型店ならおいているが、開店は10時とかになるらしい。

ガーン、終わった。ジャケットなしで行くことになるのか。
社会人として日本に帰ってきてそうそう凡ミスをしてしまうのか。
そう思いながら駅のホームに上がっていたが、なぜかハッとひらめいた。

“果たして店員さんが言っていることは本当に正しいのだろうか。”

物事に対して懐疑的な態度を良くも悪くも持ってしまう性格が出たのだ。
実はあの店員さんは入ってすぐで、あまり知らないのかもしれない。
ベテランで知っていたとしても、店舗ごとにマネージャの権限で商品を帰れるのかもしれない。とにかく、あの人が言うことが間違っている可能性があると思ったのだ。

東京駅の外の店舗に、駅のホームから電話をしてみることに。
“生地が柔らかいものにはなりますが、ジャケットはありますよ。”
あったー!無事にジャケットを買うことが出来ましたとさ。

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僕はまがいなりにも前職で営業をしていた。
工場で使うような制御機器の営業だ。正直文系出身の僕としては毎日わからないことだらけだった。2か月缶詰で研修を受けたとはいえ、電気や機械のことについてわからないことばかりだった。

そんな中でお客様より質問をもらって答えられないことも多かった。
わからない質問をされた時の営業マンとしては
“この質問に答えられなかったら、知識を持っていないということで信用を失うのではないか”
ということを第一思ってしまう。
その恐怖心からついつい知らないことでも答えてしまうこともある。

しかしそのように答えて、それが後々間違いだったなったらどうだろう。
お客様は二度とその営業マンの言葉を信じてくれなくなる。
この人の言うことは信用することが出来ないと思われてしまう。

わからないことがあっても良いと思う。
わからないならわからないとお客様に伝えて、その場もしくは、後程調べればよいだけである。

前職の際もお客様と商談中にわからないことがあると、その場で例えば本社の技術スタッフに電話をかけていた。また、関係を築きたいお客様であればあえて宿題として、後日回答をしたりしていた。

もちろん本当に基本的なことは答えられなければならないし、
出来れば全ての質問に答えられるように日々研鑽すべきだ。
しかしそれでもわからないこと、知らないことというのは必ず出てくる。

例えば上記のU社の件に関しても、少しでも不確かだったとしたら、駅の外の店舗に対して確認の電話をすればよかった。
小売りで二度会う可能性が低い場合であればこの信頼の低下は大きな問題ではないか個別に営業として担当する場合、この信頼の喪失は大きな痛手となる。

上記は営業という社外的な対応を書いたが、もちろんこれは社内的なコミュニケーションにも言える。特に部下等立場が下の人にはわからない、知らないとは言いにくいこともあると思う。しかし知ったかして間違ったことを言う上司程、信頼できない上司もいないと思う。逆に立場が下の人に対しても知らないことは色々聞いていくくらいの姿勢でなければならないと思う。そういう関係を築くべきだと思う。

偉ぶらず、謙虚に、“わからないことはわからないという勇気”を持ち続けたい。

かつろう

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