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タンザニア・ザンジバルの漁師の生活 .39

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今回はタンザニアはザンジバルの漁師さんの生活をご紹介致します。
数回船に乗せて頂き、一緒に網を引かせて頂きました。

漁師さんの仕事の始まりは夕方の16時~18時頃。ザンジバルタウンにあるマリンディ漁港から船を出港させます。漁場をどこにするかはその日ごとにキャプテンが判断します。1~2時間くらいの場所に行くこともあれば、遠い所に行くこともあります。遠くに出て、翌日もその辺りを漁場とする場合はマリンディ漁港には戻らず、マンガポアンニ等近くの浜に寄港します。

そして漁場に着いたら碇を下し、陽が落ちるのを待ちます。どっぷりと暗くなったらいよいよ漁を始めます。まず小舟を海に下します。そして小舟に一人乗った漁師さんは魚群が寄ってくるのを待ちます。真っ暗な中で明かりをともしているので魚が寄ってくるのです。直接、海の底を見たり、魚が立てる気泡等を頼りとしたりして、魚群が下にいるかどうかを判断します。

魚群がいるとなったらいよいよ巾着漁という手法で網を打ちます。小舟を中心にして円を描くように網を下して行きます。網の上部には浮きがついており、下部には重しがついています。円を描くように打つとちょうど円柱状に網が垂れるような形になります。そしてその後、皆で綱を引くことで円柱の下部の部分を締めていきます。ちなみに綱や網を引くときの掛け声はモジャ、ビリー、タトゥーというスワヒリ語で、つまり、いち・にの・さんと言います。この辺りの掛け声は万国共通なのだなと感じました。

そして綱を引き、下部を締め、魚群が下から逃げられないようにしたら、いよいよ網を引きあげます。網をほとんど引き上げた後、残った空間にいる魚群を、別の大きな柄のついた網ですくい上げ、船内のボックスに入れます。このような網打ちを一晩のうちに1~数回行います。

暗くなるまでの時間や魚群を探っている間等の空き時間で睡眠を取ったり、手釣りをしたりします。手釣りとは直接ラインを垂らして釣ることです。竿などは全く用いずに、重りと餌を付けたラインを直接手で引きます。取りたい魚によって餌を下す深さや、ラインの太さなどを変えます。食付いた震えを感じた瞬間に内側に水平にラインを引くことでしっかりと針を食い込ませます。この手釣り、なかなか難しく熟練の漁師さんはバカバカと釣り上げていましたが、私は結局一匹も釣れませんでした。ちなみにこの手釣りで得た魚は本人の取り分になります。

そして日が明けてくると港に戻ります。朝8時~10時くらいの間に戻ります。そして船上が戦場に変わります。船の上で、その場で卸売りが始まるのです。船が港につくやいなや一斉に仲買人が乗り込んできます。他の船から移ってくる人や泳いで渡ってくる人がおり一気に船は満員になります。そして持参したバケツに魚を入れ、その場で買い付けます。価格はその日の他の船との兼ね合い、つまり港全体の漁獲量によって変動します。日によって数倍の値段の開きが起こります。俺に売ってくれ、価格は幾らだ、といったやりとりが為され、仲買人同士が言い争いをしたり、お金はないが魚をもらいに来た人がいたりと船上は喧騒に包まれます。

全て売り切ると、その場で売り上げが計算されます。そしてガソリンなどの必要経費や船主の取り分を引いた金額を船員に分配します。つまりその日の漁獲量によって収入が左右されるのです。全く取れない日は収入がゼロになります。そして朝10時くらいに陸にあがり、またその日の16時に港に来るという生活です。

一か月の内、月の12夜前後から一週間ほどは船を出さない期間になります。月明かりが強いと船上の明かりでは魚が寄ってこない為と思われます。その一週間の間に船やエンジン、発電機等の修繕を行います。この間に休養も取ります。

なかなかハードな仕事ですが、漁師さんたちは皆陽気でやさしく、力持ちで、そして誇り高かったです。日々当たり前に食している魚。漁師さんたちがおり、仲買人がおり、小売り・調理する人がいて、やっと食べることが出来る魚。当たり前の中には多くの人の日々の積み重ねが入っているのだということを身を持って勉強できました。

マリンディ港の様子

                          いざ出港!
                           手釣り
                           小舟と網
                           さかな!!!
寄港後の魚の即売
                                                   おしまい

旅行者の為のザンジバル(タンザニア)情報 .38

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基本的にタンザニアのザンジバルのストーンタウンなどがある島の中心地のザンジバルタウンに関しての2013年6月現在の情報です。

●ネット事情

ザンジバルではZANTEL(ザンテル)という携帯電話やネットの通信会社があります。そこのオフィスに行って20000タンザニア・シリングのモデム(PCのUSBソケットに差し込む小型のもの)を購入し、さらに通信料を支払えば通信出来ます。通信料は例えば一か月1.75GBで15000タンザニア・シリング等。日毎のものもあります。これがザンジバル島全域をどこまでカバーしているかどうかは不明ですが、少なくともストーンタウンなどがある中心地は速度、接続共にまったく問題ありません。(1$=約1600タンザニア・シリング)

またwi-fiは観光客向けのカフェ等には入っている所もあります。ちなみにOld FortやHouse Wondersの前にある公園付近には無料での公衆ワイファイが飛んでいます。

●写真の現像

写真のデジタルデータをプリントアウトしてくれるところがあります。ストーンタウンの前のマーケットやダラダラ(乗り合いバス)スタンドの近くにあり、その辺りで、KAIZAR PHOTO(カイザル フォト)と聞けば2人に1人くらいは知っています。プリントは1枚200タンザニア・シリングです。枚数が少なければ2時間くらいで仕上げてくれます。ちなみにこの写真の現像受付をしている女性のフォトショップさばきはメチャクチャ高速です。提出されたデジタルデータをトリミングしたりしているのですが、とにかく早い。一見の価値あり。

●両替

銀行では円を取り扱ってくれません。円からタンザニア・シリングへの両替が出来ないのです。街の銀行だけでなくダルエスサラームの空港でも円を両替出来なかったです。

円を両替する場合はストーンタウン前のダラダラ(乗り合いバス)スタンド脇の道にある市井の両替商に行きます。しかしレートがかなり悪い。例えば1$=100円くらいのタイミングで両替にいったとして、1$=1640タンザニア・シリングくらいのレートで交換出来る場合でも、100円=1500タンザニア・シリングになります。1$=95円のタイミングでなんとかお願いをして100円=1600タンザニア・シリングで交換しましたが、この一回限りで後日いっても1500でしか提示してもらえませんでした。ひどい所では100円=1000タンザニア・シリングのレートの両替所もあります。ドルを用意していくか、カードでタンザニア・シリングを直接引き出すかした方がいいと思います。

かつろう

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国連で働く上でMBAは価値を持つのか .37

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先日国際協力分野で教鞭をとってらっしゃる大学教授のお話を聞く機会があった。

例えばUNICEFやUNDP等の国連で働くには最低でも修士号以上が必須条件となる。では開発分野や農業分野、保健分野や政治分野ではなく、ビジネス分野での修士号というのは国際協力を行う上で果たして意義があるのかということを質問させて頂いた。

結論から言うと国際協力の分野でもMBAは価値を持つ。もちろん全ての国連の仕事において価値を発揮するわけではないので以下講演内容含めてまとめてみた。

●仕事内容の観点:国連での仕事を三つに分解

国連の各機関によりまちまちではあるが、仕事内容を3つの分野に大別できるとのこと。

1、 オペレーション(ファイナンス、人事、総務等のバックオフィス)
2、 プログラム(途上国の現場でのプログラム策定・運営)
3、 コミュニケーション(広報・啓発)

このうち、1のオペレーションや2のプログラムに関してはMBAが役に立つ。ファイナンスなども専門の知識が必要だろうし、プログラムを運営する上では、大局観や利害交渉等幅広い知識・能力が必要になる。もちろん医療や農業などの専門性が必要とされる場合も多いだろうが、運営・マネジメントが重視される場合もあるだろう。

またバックオフィスの業務に関しては実際の民間企業での経験なども価値を持つようだ。例えばIBMで人事一筋20年の人がユニセフの人事部長になったりすることもあったとのこと。

しかし3のコミュニケーション(広報・啓発)に関してはMBAはあまり大きな価値を発揮できないようだ。

●組織の観点:UNICEFとUNDPの違い

例えばUNICEFとUNDPは国際協力という分野での国連機関として有名な2つの機関である。諸所活動の違いはあるが、MBAという意味ではUNDPの方が意義があるようだ。

なぜならUNICEFは実際に現場での実行まで行う色が強いらしい。

逆にUNDPは全体を取りまとめることが多いらしいからだ。例えば現場に入っているNGOや現地政府、他の国際機関や企業等利害関係者を取りまとめてプロジェクト大局的にマネジメントすることが多いとのこと。

現場の実行を重視するUNICEFの方がより専門性の高い遂行力が必要になり、マクロでみるUNDPの方が大局的マネジメントが必要になるようだ。

このように組織の役割によってMBAの必要性も変わってくると考えられる。

●BOPビジネスの観点

今後は企業と国際協力(NGO・政府機関・国連組織等)、営利と非営利の距離は縮まるはずだ。その一つがBOPビジネスだ。BOPビジネスとは途上国の低所得者層向けのビジネスだ。単に営利の拡大という市場の意味だけではなく、同時に低所得者層への便益を図ることが同時に可能なビジネスだ。

例えばJICAもこのBOPビジネスを促進する為に様々な取り組みを行っている。例えば協力準備調査(BOPビジネス連帯促進)事業(http://www.jica.go.jp/activities/schemes/priv_partner/BOP/index.html)で民間会社のBOPビジネスの調査に対して助成を行ったり、青年海外協力隊でもマーケティングという職種を設けたりしている。

このような流れの中でビジネスの文脈を理解しているMBAホルダーは国連等、国際協力の世界で今後より重要視されるようになるはずだ。

また、どのような組織にいたとしても立場があがり、組織マネジメントをしたり、全体の戦略を考えるという役割になるとおのずから判断力・決断力、大局観などが必要となってくる。その時にMBAの価値が発揮されるのではないかと思う。国連や国際機関においても例外ではないはずだ。

結論再度。
国連機関で働く上でMBAは価値を持つと言えるのではないか。

かつろう

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“不公平”という感覚はぜいたく品 .36

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●導入

皆さんは仕事を行う時に誰か一人がサボっていたらどう思うだろうか。
部活動の練習で誰かが遅れて入って来たのに急ぎもせずにゆっくりとし、すぐに練習に参加しなかったらどう思うだろうか。

恐らく違和感を覚えるに違いない。給料をもらっているのだからしっかり働くべきだ。特に共同で作業を行っている場合などはその分自らが仕事をしないといけなくなるのでそこに憤りを感じるだろう。

また部活動の例であれば規律が乱れると思ったり、自分がつらい練習をしているのにと不公平感を感じたりするだろう。

●タンザニアでは不公平という感覚はあまりない

タンザニアはザンジバルに来て約2週間になるが、ここではこの憤りや不公平感といったものがあまりないようだ。人々を見ていても、人から話を聞いてもそのようだ。これは単にここザンジバルのみというよりもアフリカに全体的にみられる傾向かもしれない。

例えば仕事を誰かがサボっていてもそれを咎めるでもなく、自らは黙々と仕事を行う。練習に遅れてきてもすぐには参加しないこともあるが、それをとやかく言ったりはしない。出来る人が行えばいいし、個人として練習を出来ればいいのである。

●不公平感が生まれる背景

ではこのような不公平感に関しての感覚の違いはどこから生まれるのであろうか。民族の持つ本能なのであろうか。それとも成長するなかで社会の中で形成される感覚なのだろうか。多分に社会的な感覚値であるので、恐らく成長する過程で後天的に備わる感覚なのだろうと考える。つまり社会の背景やシステムの差がこの公平感の感覚の相違を発生させるのだと思う。

●アフリカと日本の社会的な差

ではタンザニア、ひいてはアフリカと日本ではどのように社会的な差があるのだろうか。それは公平という前提があるかないかだ。

タンザニアにおいてはそもそも公平という前提が少ないのではないか。生まれた時から色々なものについて大きな差がついている。例えば貧富の差であったり、教育の差であったりする。識字が出来ないというようなことも珍しくはない。そのように公平な環境がない中では、そもそも人に公平を求めたりすること自体がおろかなのだろう。それだけ大きな差があっては人も自分と同じように出来るという感覚を持つことは正しくないのだろう。またアフリカでは成功している人が一族全員の面倒を見るということを聞くこともあるが、それも一つにはそのような背景が関係しているのだろう。自分の面倒は自分で見るというよりは、面倒を見ることが出来る人が面倒を見る。(もちろん部族的なつながりの強固さというものも別の背景としてはあるだろうが。)

翻って日本。日本ではアフリカに比べると個人間で環境や制度の差が少ないと言える。もちろん教育における格差や家庭の収入の格差はあるが、アフリカほどではない。少なくとも識字は出来るだろうし、中学は卒業しているはずである。生活保護といった制度もある。そのように背景や環境の差が少ないから他人にも自らと同じものを課して、それを公平として捉えるのだと思う。

●締め

そう考えれば“不公平感”や“公平感”といった感覚を持てること自体とても社会背景として恵まれているのではないか。

何れにせよ、出来る人がやる、やるべく人がやる、人のことをどうこう考えるのではなくて自分自身の事を全うするという姿勢はとても好きな考え方なので、日本においてもこの価値観を忘れずにいたい。

かつろう

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人身売買問題における4Pフレームワーク:大局観を持つことの大切さ .35

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●人身売買の4Pフレームワーク

ビジネスのマーケティングの世界では3C4Pといったフレームワークがある。

Company, Competitor, Customer, (自社、競合他社、顧客),
Product, Price, Place, Promotion,(製品、価格、販売チャネル、広告プロモーション)
といったものだ。
自社の製品やサービスを考える時の基本的な枠組みとして使用できる。

国際協力の人身売買問題にも4Pというフレームワークがある。

Prevention(予防):人身売買問題が起こる前の段階で防ぐための対策を打つこと。
Protection(救助・治療・回復):人身売買の被害者を救出しreintegrationすること。
Prosecution(法執行):法律の整備や有罪判決等取り締まりや裁判を強化すること。
Policy(政治・権力・アドボカシー):政治的な力や働きかけによって上記等を推進していくこと。

MECE(もれなくダブりなく)という観点からは少し使いづらいフレームではあるが、
ある程度問題解決の活動を分類でき、わかり易い枠組みである。

最近は青年海外協力隊でマラウィに派遣される関係で保健衛生、
特にHIV・エイズ問題について文献を読んだり、人に話を聞いたりして情報を収集している。
そして最近はHIV・エイズの問題も3つに分割して考えられるのではないかと思っている。
HIVに感染する前の予防、感染した後の治療、そしてHIV陽性者の権利保護だ。
もちろんこれ以外にもエイズ患者の子供の問題等もあるが
大枠としては3つで捉えられるのではないか。

●フレームワークの各要素の関連性

また上記人身売買やHIV・エイズのフレームワークの
各要素は独立しておらず互いに関係性を持っている。

例えばProtectionにあたる被害者の保護・ケアが進めば裁判での証言を促進することができ
Prosecutionの力を強め、その結果として有罪判決率が上昇すれば
そもそもの犯罪件数が減っていきPreventionに繋がる。

HIV・エイズの問題に関しても陽性者の自助グループがコンドームの販売・配布を行うことで
彼らの権利の啓発になると共に、感染の予防に繋がる。

●フレームワークのメリット=大局観

このようなフレームワークを使用することのメリットの一つが大局観を得られることだ。
大局観を持てば自分、もしくは自分が所属する団体が行っている活動は
問題解決のバリューチェーンの中で一体どこに位置するのか
ということを理解することが出来る。

それを理解することで他の団体との有機的な連携を意図的に起こせるようになるはずだ。

●大局観を持つ=ミッションに忠実になれる

また大局観を持つことでミッションに忠実になれると思う。
例えば人身売買問題を解決するというミッションを持っていたとして、
自団体がProtectionという領域の機能に特化していたとする。
しかし全体を見渡して考えたときにProtectionをいくら行ったところで
被害者の数は減らないということが分かった時は事業領域を変更すべきだ。

Prosecutionを行うことが真に問題解決に繋がると気づいたならば
そこに団体の活動を変更するべきだ。
(もちろん団体のミッションが抽象的に問題を解決するということではなくて、
“学校をつくる”というように行動それ自体になっている場合は難しいだろうと思う。)

そのように事業領域を変更するということは大局観をもって問題を捉えないと出来ないことだ。

またこのような事業領域の変更はビジネスの世界でも必須である。
現状行っている事業が時代の流れを考えたときにミッションと合致しなくなったり、
収益を上げることが出来なくなった場合は撤退戦略をとり、
コアとなる技術やリソースを展開できる違う事業領域に参入するべきなのだ。

それをせずにいつまでも昔の栄光にすがって同じ事業しか出来ないようであれば
行きつく先は言わずとも見えている。

●締めくくり:進化・変化する組織こそ

NPOであれ、企業であれ、常に自らのミッションに忠実にある必要がある。
ダーウィンは進化するものこそが生き残ると言ったそうだが、
本当に価値を世の中に創出できる組織というのは常に自らの活動に疑問を投げかけ、
そして変化・進化をし続けられる組織を言うのではないか。

かつろう

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『全て自分の仕事』という心構え .34

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僕自身が仕事を行う上で大切にしている考え方がある。
『全て自分の仕事』という心構えだ。

職場で人から仕事を頼まれることがある。
そういう時に基本的に断ることはまずしない。
全て前向きに受ける。
それは『全て自分の仕事』という意識をもっているからだ。

同じ組織に属していて、同じミッションの為に一丸となって仕事をしている。
そんな中で人の仕事も自分の仕事もないと思っている。

もちろん欧米的にはジョブディスクリプションに
準拠した仕事以外をすることは或いはだめなのかもしれない。

もちろん法的に責任が明確になるということは必要だと思うが
根本的には全ての仕事を皆で協働するという意識が必要なのだと思う。

こういう考え方は小さい組織においてはより一般的なのだと感じる。
大きな組織・会社であればより業務が細分化、明文化されるが

小さい組織であればお互いが助け合わなければそもそも仕事が回らない。
そういう意味においては小さい組織を経験することで
人をフォローする能力、姿勢が培われるのだと思う。

●●●●●

またこの考え方は単に職場だけでなく地球単位でも置き換えられる
国家を超えて、地球上で解決すべき問題があったとする。
そういったときにその問題を自分の仕事と感じるのか、関係ないと感じるのか。

そこは感性の領域に入るのかもしれない。
創造力の領域に入るのかもしれない。

もしくは原体験が自分の仕事として認識させるのかもしれない。
色々な考えや、筋道はあると思うけれども

そういった問題を自分の問題、『全て自分の仕事』と感じられる
ということは一つのギフトなのかもしれない。

翻って、同じ組織内での他人の仕事を自分の仕事と感じられないのに
世界の問題を自分の仕事と感じられるわけがないと思う。

人の仕事まで行うのは大変だ。時間も労力も能力も余分に必要になる。
でもそうして色んな人から色んな仕事をもらっているうちに
自らの幅や体力も上がっていく

信頼もしてもらえるようになる
自分が助けてほしい時に協力してもらえるようになる

●●●

昔聞いたベンチャー企業の社長さんの話に下記のような言葉があったのをふと思い出す。

【成果】=【能力】×【努力】×【人から助けてもらう力】

個人の能力や努力には限界があるけれど、人から助けてもらうことには限界がない。
本当に大きな仕事を出来る人は、周りの人から助けられる人だと仰っていた。

世界の問題を心の底から自分の仕事と思えるように
想像力を働かせ、経験を積み、修練して行きたい。

かつろう

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欲しいものは見つかる~有益な情報収集の方法~ .31

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荷物を詰める為の段ボールが欲しいなーと思って駅から自宅へ歩いていると既に立体的にテープで留められている段ボールが店先にいくつもおいてあるではないか。在庫整理かなにかしているようで、ご好意でそのまま段ボールを二つもらってきた。

とても幸運だと思った。

しかしこれは幸運というよりは単に段ボールを欲しいと意識していたから、視界に入った時気づいたに過ぎない。恐らく同じように置いてあったとしても、段ボールを欲しいと思っていなければ気にも留めないのだろう。

よく情報は恣意的に取捨選択されるということが言われる。自分の思考や好みに合わせて無意識的に情報取得に制約を課してしまったり、自分の考えを擁護するデータや論証ばかりを集めてしまったりするということだ。

この情報の恣意性は人間が元来持っている習性のようなものだと考えられるから、この恣意性を完璧に否定することは不可能だと思う。まず大切なのは、この恣意性を自分自身も持っていると認識することだと思う。そうすることで独善的になったりしないように気を付けられる。

恣意性をなくすことが出来ないのなら、逆にこの恣意性を利用すれば良いのではないか。つまり自分が一体何を欲しいのか、どういう人生にしたいのか、何が好きなのか、一体どういう社会になってほしいのかといったことを明確にして、意識をする。大切なのはそれを意識化、言語化することだと思う。漠然と思うだけでは情報の恣意フィルターは弱いように思われる。明確にしっかりと意識することでそういった自己実現に手助けになる情報が集まりやすくなるはずだ。

そしてもう一つ大切なのは自分がやりたいことを人に話すことだ。その目標に対する自分の意識を深められるということもあるが、大切なのは人に話すことでそれに関連する有益な情報が得られるということだ。その人が持っている知識・情報を教えてもらえ、またその人の知り合いなどで自分がやりたいことを支援してくれる人を紹介してもらえるかもしれない。

僕自身将来やりたいことや夢とかを話すことをつい恥ずかしがってしまうことが多い。しかしたとえ未熟で、可変性のあるものだったとしても人に話して相談することでかなり前進するはずだ。

情報の取捨選択の恣意性という無意識の部分と、人に話すという意識の部分の両方を上手くコントロールすることによって自分にとって有益な情報がどんどん集まるようになるのではないか。

かつろう

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突き抜ける感覚 .30

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『起』

今僕自身が最も渇望しているのは“突き抜ける感覚”だ。

『承』

英語を勉強していて、ブレークスルーを体験したことが2回ある。

一つは高校時代の速読だ。通っていた高校の近くに公文系列の英語塾があった。そこでは英語を早く読むということを教えていた。文章ごとに文字数表記があり、ストップウォッチで読むスピードを毎回測るというものだ。わからない文法や語句も出てくるだろうが、それらは気にせずに早く読むということを訓練するのだ。受験においては精読が求められる場合もあるが、往々にして文意をつかめれば正解できるという問題の方が多かったりするし配点も多い。ついつい精読をしがちな性格の自分にとってはこの訓練を行って英語を早いスピードで読むというある種の“てきとうさ”を身につけられたことは大きかったと思う。

もう一つのブレークスルーは昨年使ったDUO3.0という教材だ。その時はTOEICが700点中盤で停滞していた。約2か月大幅な改善が出来ずにいたのだ。もちろん勉強時間があまりとれなかったり、たまたま問題との相性が良くなかったといったことはあったとは思う。しかし自分の中でも進歩している感覚がなかったのだ。勉強法を考えたり、取り入れたりして自分で試すのが好きな僕は新たな方法を模索していた。そこで選んだのがこの教材。

単語ベースの教材なのだが、その単語が使われているある特定の文章を繰り返し聞くというものだ。すべての文章を聞くのに確か1時間くらいかかったと思う。そしてそれを毎日2回繰り返すのだ。出来る限り毎日最低でも1回は聞くようにした。
その結果TOEICも900点に達した。単に点数があがるだけでなくて英語能力(リーディングとリスニング能力)が上がったと実感出来たのだ。

『転』

ブレークスルーと聞くと10000時間というキーワードが思い出される。
なにか同じことに10000時間打ち込むとその分野でブレークスルーを得られるというのだ。
マイクロソフトのビルゲイツが最も早くその業界においてブレークスルーに達したのだとか。

よく日本では“3年は仕事を続けなさい”ということを聞く。
石の上にも3年というコトワザもある。

何故3年なのか。
そう、10000時間がキーなのだ。

例えば一年で稼働日が250日だとする。3年だと750日だ。
そして一日10時間働いたとすると7500時間になる。
12時間だと9000時間。これに休日出勤を足すとする。
そうすると3年~4年で10000時間に達する計算になる。

『結』

ブレークスルーにも様々なスケールがあると思う。
英語の勉強におけるブレークスルーは比較的短期間で得られるものだし、
仕事の専門性におけるブレークスルーは少々時間がかかる。

しかし人生においてのブレークスルー、
言い換えれば突き抜ける感覚・ポジションというのはどうすれば得られるのだろうか。

仕事を辞めていろいろやってはいるけれどこの突き抜けるという感覚が得られない。
突き抜けている人と会って、仕事をさせてもらうけれど、こちら側とあちら側の違いが明白に分かれていて、歯がゆさを感じる。

リスクをとっているかどうか。
全力で生きているかどうか。
自分がやりたいことをしているかどうか。
人生のミッションを持って、それに対して摩擦を恐れずまっすぐ生きているかどうか。
独立精神・自立心を持っているかどうか。
周りを巻き込むリーダーシップを持てているかどうか。

突き抜けたから、そういうものを持っているのか。
そういうものを持っているから突き抜けたのか。

しかし、そもそも僕が突き抜けていると思っている人は、自分を突き抜けているとは思っていない。であるならば突き抜けるとは内部的なものでなくて、外部的なものなのか。突き抜けたいとは、人からそう思われたい、いうなれば自己顕示欲の一つの表れなのか。

何れにせよここ数年の自らのテーマの一つは“突き抜ける感覚”だ。未だ道は見えないがこの感覚を追い求めて世界と戦いたい。

かつろう

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からゆきさん Vol.28

皆さんは“からゆきさん”という言葉を聞いたことがあるだろうか。
漢字で書くと唐行さんとなり、19世紀後半に東アジア、東南アジアに渡って娼婦として働いた日本人女性のことらしい。唐は中国をさすのではなく外国を指している。

農村や漁村などの貧しい家庭の娘たちが連れて行かれたようだ。中には海外で奉公させるといって連れて行ったこともあるようで、場合によっては騙されるようなこともあったのかもしれない。

やがて国家の恥として批判されるようになり、1920年は廃娼令がだされ、海外の日本人娼館は廃止されたとのこと。その後1972年に『サンダカン八番娼館』が出版されるまでは戦前の恥部として一般に知られることは少なかったらしい。

学校で学ぶ歴史の中ではこのような負の側面は卑下され、見えなくなってしまうことが多い。国としてはありのままの歴史を伝えるべきだし、個人としてはフラットに選り好みをせずに自発的に勉学をし、直視すべきだ。

カンボジアやインドでこのような人身売買が現在でも存在している。例えばバングラディシュや隣接するインドのウェストベンガル州、ネパールなどからインドのムンバイに売られたりすることがある。もちろん同国内での売買もある。

またインドはそういった問題、つまり恥部に関して他国が干渉することに関して快く思わないこともあるようだ。ODAも積極的に受容する姿勢はなくなっている。

ややもすると現在途上国で発生している貧困や人身売買などの各種問題は彼ら彼女らのみが経験している問題と考えてしまいがちである。しかしそれは日本も経験してきた問題なのだ。戦後はエロア・ガリオア資金の提供を受けたし、ケア物資にも助けられた。政府からも民間NGOからも助けられたのだ。人身売買にしろ貧困にしろ、日本にとってつい100年以内の出来事なのだ。

やがて途上国においても今の日本のように、そういった問題の実感がなくなるような時代がくればよいなと思う。もちろん記録、記憶としては残して受け継いでいかないといけないが。

かつろう

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参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%86%E3%81%8D%E3%81%95%E3%82%93

写真の出典:生活情報センター「100年前の日本」より。

社会人インターンのススメ~かものはしプロジェクトでの経験から~ Vol.26

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本日約9か月お世話になったNPOを卒業する。この9か月間は無給で社会人インターンとしてお世話になった。

学生時代のインターンシップは日本でもかなり浸透してきている。就職活動の一環としての位置づけのものもあるが、本人の成長と社会変革の為という意義を持つインターンシップも多い。

ベンチャー、起業、NPOセクター、社会企業家等の分野のNPO法人ETIC(http://www.etic.or.jp/)、
政治家の元へ送り出しているNPO法人ドットジェイピー(http://www.dot-jp.or.jp/)等が有名だ。学生が無給やほぼ無給に近い状態でがっつりと仕事を手伝わせてもらえる。成長の機会としてはとても良い。

僕は会社を退職後、社会人インターンとしてNPO法人をお手伝いさせて頂いた。日本において社会人インターンという言葉や仕組みはほとんどないという風に言っても差支えないと思う。(僕の場合も直接代表アドレスにメールを送ってお願いをした)。

この社会人がインターンするという選択肢は今後もっと増えるべきだと考える。

●受け入れ側のメリット

・即戦力
学生インターンの場合は色んなことを教育しなければならないし、業務もモニタリングする必要がある。受け入れ側にも多大なるコストがかかる。しかし社会人経験者はその教育コスト、業務モニタリングコストが低くて済む。即戦力として活用することが出来る。

・コネクションの形成
社会人インターンは卒業後の営利セクター、非営利セクター、先進国、途上国各種の進路を取ることになる。学生インターンにも言えることだが、こういったインターンとの関係性がとても大きな資産になる。情報を得ることも出来るし、またボランティアやプロボノとして手伝ってもらう時に内部の事情も分かっているのでとても円滑に業務を協働することが出来るはずだ。

●社会人側のメリット

・幅広い経験が積める
基本的にインターンをする場合は元々いた仕事と遠い距離にある仕事の場合が多い。近い業界や業態であれば普通に転職をすればよいからだ。経験に左右されずに全く知らない業界や仕事の経験を積める。多様で幅広い経験を得ることが出来る。

また具体的な業務に関しても正式な雇用契約があるわけではないので柔軟に多様な業務を行うことが出来る場合が多い。例えば国際NGOの場合は日本と途上国、双方での勤務が短期間で可能になることもある。僕の場合も9か月の間に日本、インド、カンボジアでお仕事をさせて頂いた。

・成長に繋がる(上記と少し被ることは御免下さい。)
無給で仕事をするということはとても貴重な経験で成長に繋がるはずだ。もちろん人にはよる。しかし自発的に動ける人にとってはこれ以上の機会はない

何故なら人は対価を求めるからだ。金銭的対価がない場合、それ以外のもので自分が時間を使う対価をとても意識して求める姿勢が築かれる。例えば自己の成長であり、資格であり、経歴であり、人の繋がりであると思う。貪欲に金銭以外の報酬を求めることが自ずと成長、人生の発展に繋がるはずだ。

・就職に繋がる可能性もある
まず非営利セクターは間口が狭いと言える。そこで働いている職員の総数も狭いし、募集も頻繁にあるわけではない。このような政治やNPO等では知り合い伝いでの職員の採用も多い。これは募集コストが下げられると共に、その人の能力や姿勢が担保されるという意味ではとても合理的な手法と言える。そのような場合インターンで業界とのつながりを持っておけば就職に繋がる可能性もある。

●非営利セクター(NPO法人等)全体にとってのメリット

・優秀な人材の非営利セクターへの流入
社会人インターンという仕組みが広まることは非営利セクターにとってもとても大きなメリットになるはずだ。なぜなら優秀な人材が非営利セクターに流入するからだ。

非営利セクターは資格・経験を重視して採用することが多い。例えば修士の資格や途上国での経験、類似する業務経験などだ。こういった採用を行う合理性は高い。はずれがすくないからだ。しかし逆に言えばもしこのような採用しか行わない場合は同じような業界で同じような経験を積んだ人しか採用できない。それでは安定して業務をまわせたとしても革新的な手法や改善を行うことは出来ない。そのためには多様な経験を積んだ人材が必要になる。

この社会人インターンという仕組みが広まれば違う分野で多様な経験を積んだ人材が非営利セクターに参入することが可能となる。

非営利セクターとしては問題の解決が進めばたとえ自団体が解決をしなくても良いはずだ。市場のパイを取り合う営利企業とは違うはずだ(もちろんその限りではないが)。そのような人材の入り口として社会人インターンの仕組みを取り入れれば業界全体の底上げ、各種問題解決の促進に繋がるはずだ。

●営利セクター(株式会社)全体にとってのメリット

・ビジネスと社会貢献、双方の文脈をわかる人材の獲得
企業活動はどんどん多様で複雑になる。例えば途上国でのBOPビジネス、環境に配慮した製品等単に利益を上げるだけでは立ち行かないようになってきている。そういった時代で単に利益出せを上げられる人材だけでは企業活動としては満足でない。

営利セクターと非営利セクターの双方の文脈を理解できるような人材が必要になる。先進国と途上国のどちらでの経験もある人材が必要になる。そういった人材を底上げするためにも企業は非営利セクターとの人材の流動化をもっと奨励、促進すべきだ。例えばNPO法人クロスフィールズ(http://crossfields.jp/)が行っているような留職プログラム(企業が途上国のNGOなどに数か月自社人材を研修として派遣する制度)の利用や社会人インターンのキャリアとしての価値の認識を行うべきだ。

社会人インターンが広まれば企業としてもビジネスと社会貢献の双方の文脈を分かる人間を採用することが容易になるはずだ。

●NPO法人かものはしプロジェクト

ちなみに僕が社会人インターンシップをさせて頂いたのはNPO法人かものはしプロジェクト(http://www.kamonohashi-project.net/)だ。手前味噌で恐縮なのですが、とても良い経験を積ませて頂いた。カンボジアでは孤児院支援や警察支援、インドではNGOコーディネートや資金提供、日本国内ではファンドレイジングというようにNPOとしてとてもしっかりとした活動を行っている

そういった非営利的な側面だけでなく、過去のHTMLのコーディング事業や現在のカンボジアでの工房経営事業等、ビジネスの側面を有している。行っている事業だけでなくて、ファンドレイジングでペルソナマーケティングの手法を活用したりと、ビジネス的な手法・考え方の応用をとても自然に行っている。

設立して10年というとても若いベンチャー気質のNPOだからこそ自発的に仕事を行うことが必須となる。その自発性がリーダーシップの開発や成長に繋がった。

 進路の選択肢の一つとして社会人インターンシップというものを意識して欲しいと切に願います。社会人インターンというものが当たり前の選択肢として考えられるようになれば世界の様々な問題の解決がとても加速すると信じています。