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寄付による事業は持続可能性を持たないのか~ビジネスこそが持続可能性を持つという誤り~ Vol.9

昨年の7月に、会社を退職しNPO法人で丁稚奉公させて頂いている。

 NPO法人に参加させて頂くまで、寄付・ドネーションや助成金に依った事業は持続可能性がなく、ビジネスは持続可能性があるというように思っていた。

つまりいわゆる社会起業と呼ばれるようなビジネスの収益モデルを持った社会事業は持続可能性があり、寄付や助成金に頼った社会事業は持続可能性がないと思っていたのだ。だから持続可能性の観点より、出来る限りビジネスの収益性を持った社会事業を行うべきであるというように考えていた。

しかしNPO法人に携わらせて頂くことでそれら①ビジネスは持続可能で、寄付はそうでない。②社会問題は出来る限り、ビジネスの収益モデルを持った方法で解決すべき。が大いに間違いであると気づいた。以下項目に分けて説明をする。

1、 『ビジネスが持続可能性を持っている』という誤り。

 ビジネス、つまり収益事業は黒字である限りは持続可能性を持っている。利益を出し続ける限りは、継続して事業を行うことが出来る。(もちろん赤字経営での継続や、逆に、収益を出しつつも、キャッシュフローとして立ち行かなくなる等あるが、ここで話したい本質とはずれるので割愛)。
しかし逆に必ず収益を上げ続けるというのは不可能に近いわけで、様々な要因によって赤字に陥る可能性もある。そのように継続して赤字になった場合はそのモデルが立ち行かなくなり、持続可能性がなくなるのだ。

2、『寄付や助成金による事業は持続可能性を持っていない』という誤り。

 助成金や委託金による事業は確かに持続可能性をあまり有しているとは言えない。数年単位でしか資金が保障されていなく、その後継続されるかどうかわからないからだ。

しかし寄付による事業は仕組みをしっかりと戦略的に構築すれば持続可能性を有するようになるのだ。単発の寄付に依ってしまえばそれは持続可能性がない。しかし会費制にして、なおかつそれが振り込みでなく、引き落としという形態を取れれば持続可能性がかなり高くなる。もちろん会員になって頂く入口、そして会員になってもらってからのケアや対応、そして退会時の接し方といった一連のマネジメントや接点を大切にしていくことが大前提ではある。

 例えばあるNPOは会員数も数千人おり、毎年数千万円の寄付を集めている。また会員の継続率も90%を超える。つまりとても安定した収益構造を構築しているのだ。

3、『社会問題は収益モデルを持った方法で解決すべき』という誤り。

 社会問題は二つに分類することが出来る。ビジネスの収益構造を持ったモデルによって解決出来る社会問題と、非収益構造のモデルによってしか解決出来ない社会問題だ。(もちろんその二つが重なる部分はある。)

例えばある村の住民の貧困という社会問題を解決しようとするとする。その際に彼らの生計向上の為に一村一品運動等で彼らの収益を確保し、貧困を削減するというのはビジネスの収益構造を使った社会問題の解決である。

また例えばある国家の警察を訓練するという事業があったとする。その国家は予算が少なく、各国からの援助で成り立っている国家である。必要最低限の社会事業を行うだけで予算が尽きてしまい、正しく逮捕するための法知識や検挙方法といった警察の訓練を十分に行えないとする。その社会問題を解決しようとするとは収益構造を持たせるのは大変難しくなる。警察に訓練を行うことから収益を上げるのは至難の業だと言える。
本来そういった収益を上げられないが、必要な事業というのは国が行うべきものである。社会インフラを整えたりするのは国が税金から行うべき事業なのである。しかし紛争等様々な理由により、十分に国家予算が確保できない国がたくさんある。そういった国の事業を国際機関や他国、NGOといった他者が解決する場合はどうしたって収益を上げることが出来なくなる。

つまり社会問題の性質によって収益構造を持つことが出来る場合もあればそうでない場合も存在するということである。

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会社を辞めてNPO法人で御世話になるまで『ビジネスこそが持続可能性を持つ』という考え方を私は強く信じていた。恐らく会社を辞めずにいたらこの誤解はずっと続いたままだったと思う。

坂本竜馬の一つの強みは現場主義だったと言います。黒船が来たら見に行ったりと、問題事態を実体験するという哲学を持っていたようです。わからないことがあれば体験してみるという考えを持っていたようです。

百聞は一見に如かずとはまさにその通りで、体験を通してこそ本質的な知見が得られるのだろうと思います。

ややもすると頭デッカチになる傾向があるので、『現場主義』を肝に銘じておきたいです。

かつろう

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カンボジアの汚職と日本の公務員給与削減 .8

日本では公務員の給与削減が行われ続けている。

世論も公務員の給与削減に前向きだ。
カンボジアでは公務員の給与がかなり低い。
月数十ドルくらいという話をよく聞く。
工場での最低賃金が$61⇒$80にあがりそうな
昨今のカンボジアにおいても最低ランクの給与と思われる。
農村部であればその給与でもなんとかやっていけるだろうが
都市部ともなればなかなか難しいと思われる。
ローカルなところでご飯を食べたとしても
一食につきだいたい$1くらいはかかる。
よくいくローカルな飯屋での価格は以下。※$1=4000リエル
豚肉ごはん(バーイ・サイ・チュルク) 3500リエル
チャーハン(バイチャー) 4000リエル
米の麺(クエテオウ) 4000リエル
一日3食だけでも$2~3はかかるのだ。
ではカンボジアの公務員はどのようにして
生活をしているのであろうか。
二つの選択肢がある。
1つは副業、2つは汚職である。
どちらも行っている人もいるだろうが。
例えばNGOがカンボジアでプロジェクトを行う際に
MOUという覚書を交わさなくてはならない。
しかし、普通にこれを申請してもすぐには下りない。
文字の間違いの指摘や、文書の書き方等
難癖をつけて承認を出さない。
下手をすると一年近く承認してもらえなくなる。
しかし賄賂を払えば別だ。すぐに許可してもらえる。
このような汚職が蔓延している。
これは公務員一人一人の品格というよりも
制度それ自体が汚職を生み出しているのだと思う。
日本では公務員の給与削減が行われているが
このまま公務員の給与が下がっていけばどうなるだろう。
カンボジアのようにすぐに汚職が蔓延するようにはならないだろうとは思う。
しかし給与が下がればなりたいと思う人が減り、
それが競争を低下させる。
競争の低下は公務員の質の低下につながると思う。
質の低い公務員が多くなれば、ミスが多くなり、効率が下がり、
結局は無駄に費用がかさむということに繋がだろう。
また汚職も少なからず増えるはずである。
公務員と同様に、国会議員の給与(歳費)削減も行われている。
秘書給与も3人まで支払われるが、果たしてこれだけで議員業務が務まるだろうか。
否である。
国会の事務所に2~3人の秘書が必要であり、
さらに最低でも地元の事務所には5人程の秘書が必要になる。
一人当たり諸々込みで500万円だとしても
2000~2500万円程度秘書の人件費に必要になる。
その他事務所の賃料、ユーティリティ、
遊説や駅頭に必要な車両代、維持費、
ポスター制作、ビラ制作等々行って行けば
歳費やその他経費等すぐに尽きてしまう。
このような現状を鑑みたときに
現在の歳費水準でも、国会議員をやろうとすれば赤字になってしまう。
衆議院議員であれば2~3年に一度失職のリスクもあり、
地元に国会にとかなりの激務である。
それだけの仕事をしても、借金を背負って行くのである。
一般人では国会議員が出来なくなります。
お金を持っている人でないと議員が出来なくなります。
優秀で能力のある人はあえて国会議員を選ばなくなります。
また国会議員に痛みをということで議員定数削減が叫ばれます。
果たして議員定数が削減されたらどうなるでしょうか。
もともとの地盤をもっている年老いた議員しか当選しなくなるでしょう。
若い議員の数が減るでしょう。
より旧来の利権を維持する政治になるでしょう。
国民に痛みを強いるなら国会議員がまず自分の腹を切るべきだと言います。
給与削減と定数削減。
これを言っていれば民衆の理解は集まります。
票は集まります。
お金も利権も持っている年老いた議員はこれを叫びます。
果たして国民の皆さんは、本当にこの国のことを考えているのか。
目先の聞こえのいいことだけに傾いてはいないか。
物事の本質をとらえようと考えているのか。
結局は国民一人一人が本当に国を良くしようと強く意識し、深く考えない限り
カンボジアの汚職もなくならないでしょうし、
日本の政治も良くならないと思います。
かつろう

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ベンメリアと技術の伝承 .7

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先日『天空の城ラピュタ』の舞台にもなったと言われている
ベンメリア遺跡に行ってきました。
カンボジアの中でも人気のある遺跡です。

苔にまみれて朽ち行くさまが哀愁を漂わせます。

そんな瓦解した遺跡の上を歩いていたのですが
なんと大雨に見舞われてしましました。
それもかなりのもので雷が絶え間なく落ち、
このまま帰れなくなるんじゃないかというほどのものでした。
今まで色んな途上国を旅しましたが
ここまでの雨に遭遇したのは初めてでした。

雨の中、遺跡の中で雨宿りしながら
ラピュタの音楽を聴くのもまた一興でした。

30分ほど雨宿りをしていたのですが
一向に雨が収まる気配がなかったので
このままここにいるリスクの方が高いと判断し
土砂降りの雨の中を退避。

往復でお願いをしていた
トゥクトゥクのドライバーを発見したときは
涙が出るくらい嬉しかったです。
よくぞ帰らずに待っていてくれた。
というか帰れないか。

しばらく待っていると雨足もかなり弱まってきて
やっと帰れそうな具合になって来ました。

トゥクトゥクの兄ちゃんもこれなら帰れると
勇んでマイトゥクトゥクの元へ行ってくれます。

しかししかし、なんとトゥクトゥクのエンジンが掛からない。。
なんどキックスタートしても掛からない。

そのまま10分以上雨の中兄ちゃんは頑張っていましたが
どうしても埒があかない。

それを待っている間、近くにいた別の
トゥクトゥクドライバーと話をしていたのですが
そのおっさんがなんか話始めます。
“俺なら5分と待たずに軽く治せるけどね~”
えー!!
さっきからずっと見てるし、さっき兄ちゃんとも話してたよね、おっさん。
まじで助けて!とお願いをすると
そのおっさんはヘルプに行ってくれました。

言葉通りすぐに直してくれました。

ベテランのおっちゃんのあえてすぐに直さずに
兄ちゃんに苦労をさせてから教えてあげる様に
優しさを感じると共に、
人に物事を教える極意を学ばせてもらいました。

これで二度と兄ちゃんは雨からの復帰方法を
忘れることはないでしょう。

有難う兄ちゃん、有難うおっちゃん

かつろう

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カンボジア人の発音と異文化の理解 .6

カンボジア人は単語の語尾をあまり発音しない。
口の中でかすかに発音するくらいであまり聞こえない。

例えば『好き』という言葉は
“チョールチャット”なのだが、
“チョールチャッ”と聞こえる。

先日友人とカンボジア人との間で下記のような会話があったらしい。

友人      「好きな映画はなんなの」
カンボジア人 「ディタニ」
友人      「??(あ、ディズニーかな?)へー、ディズニー好きなんだ。
なんお映画が好きなの?」
カ ンボジア人「?。いや、だからティタニだって。
ほら、マイハートウィルゴーオンのやつだよ」
友人            「ああ、タイタニックね。笑」

語尾を発音しないのは英語にも引き継がれているよう。
また文字をそのまま読むこともたまにする。
例えばsocialを“ソショウ”と発音したりする。uが抜け落ちているのだ。
初めは日本語の少々という単語を言っているのかと思っていました。

文字をそのまま読む+語尾を発音しないのコンボで
タイタニック⇒ティタニになったわけです。
現地の言葉を学ぶことがその国の人の英語を
解する手助けになると感じました。

また英語を第一言語にしないもの同士の会話は
お互いが気を遣いあえて良い。

欧米人との会話で理解が出来ないと
それはもう10:0でこちらが悪いが、
第二言語同士だと発音する方も聞く方も違いがあることを
お互い理解している。

意思疎通への努力が同じ目標に向けて
共同作業をしているようで親近感の形成につながる。

異文化の理解もこれと同じではないか。

例えば自らの価値観や文化を100%正しいと思って
押し付けてしまえばそれは相手に対して威圧感や罪悪感や反発を感じさせてしまう。

しかし自分の考えを100%正しいとは思わず、
相手の意見や言葉をしっかりと聞いて、その真意を理解しようと
努めればお互いにとても良い関係を築けるのではないか。

常に自らの考え方や前提に対しても
“本当に正しいのか”と問いかけながら生きて行きたいものです。
(そもそも正しいという感覚がナンセンスなのかもしれませんが)

かつろう

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成長の強要 .5

大学時代の友人に言われてはっとしたことがある。

『東京にいると成長することを強要される』
 
それを聞いたときに自らの中にある無意識の前提に気づかされた。
常に学んで、成長して、経験を積まないといけない。
そういったことが無意識のうちに刷り込まれているのだ。
途上国の人は決してそんな前提を持っていない。
日々同じことを同じように繰り返して、
彼の子供も、またその子供も同じ仕事をする。
それでも幸せなのだ。
日本にいる時は大学時代の友人といまだに麻雀をよくする。
会話にしろ、麻雀にしろ、何一つ建設的なこと内容はない。
また年に一回正月に地元に戻って
保育園、小学校時代の友人たちと集う。
毎年毎年、ビレッジヴァンガードの福袋を買っている。
だいたいオールで飲んで帰るまでに中身の8割方は
皆にあげたり、鍋で茹でられたりしている。
そういった友人たちとのコミュニケーションが
とても心地よく感じるのは
成長を強要されないからなのかなと思う。
日々、生き急ぐ強迫観念の中で
そのままで、ただ今のままで、笑いあえる関係、空間。
実は建設的な関係や刺激し合える関係よりも
そういう無意味で一見価値がなさそうな関係の方が築くのは難しいのかもしれない。
緊張と弛緩、成長と安楽、疲労と癒し。
途上国においてもそういう関係と場の
バランスを上手くとることが大切なのかと思います。

かつろう

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貯金 .4

カンボジアではビールが一杯$0.5だ。
ついつい飲みすぎてしまう日々が続いてしまう。

仕事を辞めて以来、無給で貯金を切り崩す生活をしている。
このビールも過去の自分の貯金のおかげで飲めるのだと思うと
過去の自分に有難うと言いたくなる。

カンボジアに来る前にとてもとてもお世話になっている
先輩と人生の貯金について話をさせて頂いた。

例えば大学入試の為に浪人時代を頑張ったことや、
部活をしてきたこと等、様々なことのおかげで今現在がある。
過去の貯金で生き永らえている部分が少なからずある。

しかし20代後半になり
またここで大きな貯金を作っておかないと
今後50年戦って行けなくなる。
出来る限り今のうちに大きな将来の財産を蓄えなければならない。

しかし翻って考えると
今こうしてインドやカンボジア等海外で生活が出来たり、
贅沢にも自らの人生の選択肢に悩めるのは誰のおかげであろうか。
誰が貯金を作ってくれたおかげであろうか。

まず第一に親である。
無条件に全てを与えてくれた、親である。

そして日本を作って来た、世界を作って来た先人たちである。
彼らが命をとして、人生をとして、魂をとして築いて来たこの世界が
あるからこそに今こうして様々なことを経験し、悩むことが出来る。

先人たちに作って頂いたこの世界という貯金の恩恵を頂いている。
有難う御座います。

やがて自らも、
万世に対して貯金を作れるような、
次の世代の礎を築けるような、
そんな生涯を歩みたい。

かつろう

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カンボジアの最低賃金と世界の行く末 .3

修業させて頂いているNGOがカンボジアで工房を経営している。
その関係でボスと最低賃金について話をさせて頂いた。

現在カンボジアでは工場の最低賃金を上げる交渉が
労働組合と工場主側で続いている。

現在は$61/月なのだが、組合側は$120を要求、要求を$100まで下げたものの
最低でも$93という要求を未だ提示している。
61→93と約1.5倍に上がる可能性がある。
これは【97年$45、2006年$50、2010年$61】というカンボジアの最低賃金の
推移から見てもかなり大きな上昇に当たる。

ベトナムとも大して最低賃金が変わらなくなってしまうので
例えば新規にカンボジアに生産の投資をすることが合理的な選択でなくなるかもしれない。

となれば今後はミャンマー、さらにはバングラディシュに生産投資が流れることが予測される。
ではさらにミャンマー、バングラデシュの労働賃金があがればどうなるか。
次はアフリカに工場が立ってゆくのではないか。

そのように焼畑的に投資が流れていけば
最終的には結局地産地消的に、その国に必要なものは
その国の工場で生産されるようになるかもしれない。
日本でも所得格差が開き、途上国で生産して持ってくるよりも
自国内で安価な労働力を確保したほうが効率的になると考えられるかもしれない。

その過程で機械化の加速も起こると考えられる。
途上国での安価な労働力に頼った、労働集約的な生産は減少していき
機械化に頼った工場が先進国、途上国ともに増加していくと考えられる。

その際には雇用の消滅が発生すると思われる。
今まで労働集約的に雇っていた労働者が職にあぶれるのだ。
そういった類の仕事が労働賃金の増加に伴ってなくなるのだ。

焼畑的に労働集約的な雇用創出を続けていても
結局は一時的なものになってしまう。

では途上国・先進国ははどうすべきか。

途上国は先進国の投資に併せて技術の移転もすべきだと思う。
安価な労働力を呼び水に、先進国の投資を呼び込む。
そのタイミングで高度な技術も獲得するのだ。
例えば機械のオペレーションだけでなく、機械設備の製造、メンテナンス
生産性向上のノウハウ等を吸収するのだ。
そうすることによって
労働集約的な生産が、最低賃金の上昇によって終わりを迎えたときも
雇用を創出することにつなげられる。
そういった技術を国家が、その国の企業がしっかりと熟達していれば
その職業訓練を行うことで、自国内、また海外で仕事が出来る人材を生み出すことが出来る。

先進国としても現地技術者の方が給与が安くて済むはずなので
コアコンピテンスとなるような技術などを除いては
積極的に現地に移転することでコストの低下を行えるはずである。

また話は変わるが
そのように焼畑的に生産地が変わっていく過程においては
ファブレスという生産方式が有効かもしれない。

ファブレスとは自社で工場を持たずに他社向上に生産を任せる方式だ。
ただし開発などは自社で行う。
自社工場を持たない分固定費を抑えることが出来るが、
その分変動費は高くなるというデメリットもある。
しかし生産拠点が数年で変わるような現代においては
そのたびに設備投資やリサーチ等を行うことを考えれば
ファブレスによって確実に儲けていくという方が
理想的なビジネスモデルなのだと思われる。

機械化とファブレス、この言葉を聞くと
今後もますますキーエンスの利益が促進されそうに感じる。

かつろう

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参考URL
http://nokorkhmer.blogspot.com/2011/08/historical-development-of-minimum-wage_15.html

成功と幸せ Vol.1

先日、尊敬するお世話になっている方に面白い話を聞いた。

『成功と幸せ』の関係性についてだ。

人はドーパミンが分泌されているときは
学習効率や集中力が高まり、仕事のパフォーマンスもあがるのだという。

ではどのような時にドーパミンが分泌されるのか。
それは幸せを感じている時だという。

図式化すると下記のようになる。

【幸せ→ドーパミン→パフォーマンスアップ→成功】

つまり成功したから幸せになるというのではなく
幸せを感じたから成功するということなのだ。

成功して幸せになろうとよく自分も思ったりしてしまうが
実はそうではなくて日々の仕事や営みの中で
幸せを感じながら生きていくことが成功に繋がるのだ。

楽しみながら仕事をすることを心がけよう。

かつろう

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このブログを書く目的について Vol.0 

みなさま、初めまして。
かつろうと申します。

大学で滋賀県から花の都へ上京し、5年かけて無事に卒業。
精密機器メーカで働くも3ラウンド半ばで刀折れ矢尽きる。

その後日本の国際協力NGOを得て2013年10月より青年海外協力隊としてマラウイで活動中。
PSI(Population Service International)というアメリカに本部のあるNGOに配属。
職種はマーケティング。

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文章を作成、公開する以上はしっかりと目的意識を持って書きたいと考えています。

ですのでこのブログを書く理由をまとめてみました。
1、自分のため
  自分が考えたこと、感じたことを書くことによって整理する、また将来見返した時に過去の自分のことを振り返る為。
2、身近な人への近況報告
  直接面識のある方への近況報告の為。
3、世界を少しでも良くしたいと思われる方への情報提供。

  国際協力、青年海外協力隊、ビジネス、NPO、アフリカ等についての現状や考察を発信するし、そのような方々への情報提供をする為。
上記目的に関してはブログを書きながら更新していきたいとも思っています。

かつろう

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