アフリカ/アジア/途上国

タンザニア・ザンジバルのお土産物屋さんの収入とからゆきさんのジャパニーズバー .41

今回はタンザニアはザンジバルでお土産物屋さんを運営する
マサイ族出身のこの方にご登場いただきます。
とてもフレンドリー。

さておき、

Q、月の収入は幾らですか?
A、調子が良ければ60万タンザニアシリングくらい行くこともある。
(1$=1640タンザニア・シリングで計算すると約$365)

Q、このお店の家賃はいくら?
A、15万タンザニア・シリング

Q、今住んでいるところの家賃は?
A、10万タンザニア・シリング

Q、食べ物等、他の生活はいくらくらい?
A、15万タンザニア・シリング

つまり60万タンザニア・シリングの売り上げを上げることが出来れば
20万タンザニア・シリングを貯金することが出来るというわけだ。

Q、結婚はしないの?
A、マサイでは結婚するときに家畜など、たくさんの贈り物をしないといけないから今頑張って貯金をしてる所。

ところで俺のショップはタンザニアで一番いい店なんだ。いや、アフリカで一番なんだ。
ベストオブベストなんだ。だから何か買って行ってよ!

単なる営業トークではなく、心の底からそう信じて行っているのでとても気持ちが良かったので、ついついお土産を買ってしまった。店内には彼自信が作ったアクセサリーやティンガ・ティンガ・アートなどがたくさん並べられている。

自分の仕事をアフリカ一と自信を持って言えるのはとてもすばらしいと感じた。そういう誇りを持った仕事を行えることは本当に幸せなのだろう。

●●●

ところで彼が営んでいるショップが入っている建物は実は約五十年前くらいまでからゆきさん(http://hitonowa.blogspot.com/2013/05/vol28.html)が営むジャパニーズバーがあったらしいのだ。娼館としても機能していたらしい。

今は普通にこのようなお土産物屋が入っていたり人が住んでいたりしている。その当時で10人以上のからゆきさんがいたという。日本人にとっては全く前人未踏の地に来て心細かったに違いない。

人身売買の被害に会い、自らの意志で来たのでない人もいたはずだ。
失意の中この地に果てた人もいただろう。

みながみな、自分の仕事に誇りを持って生きて行けるような世界が来ることを切に願う。

かつろう

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タンザニア・ザンジバルの漁師の生活 その2 ~マンガポアンニ紀行と漁師の収入~ .40

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さて今回は船員の一人にフォーカスを絞ってタンザニアはザンジバルの漁師さんの生活をご紹介したいと思います。
(前回の記事⇒Vol.39 タンザニア・ザンジバル漁師の生活)

●マンガポアンニ紀行

登場して頂くのはアヴァス。31歳独身。船で一番に絡んできてくれた気さくな海の男。

彼は現在はマリンディ港近くのザンジバルタウンにお母さんたちと住んでいるとのこと。

実家はザンジバルタウンからダラダラという乗り合いバスで4~50分ほどの所にあるマンガポアンニという所で、訪問をさせて頂くことに。

ちなみにダラダラには2種類あります。街の中を走るダラダラと郊外まで長距離を走るダラダラです。街中を走るダラダラは一回300タンザニア・シリングで、長距離を走るダラダラは距離によります。ザンジバルタウンからマンガポアンニであれば1300タンザニア・シリングになります。(1$=約1640タンザニア・シリング)

【ダラダラ。このバスに30人以上がぎゅうぎゅうで乗る。】

沿岸を北に1時間弱移動し、ダラダラを降りて5分ほど歩くと実家に到着。

【アヴァスの実家】

近くにはおじさんの家もありました。

【おじさんの家】

マンガポアンニはザンジバル島が奴隷貿易の拠点のなった際に奴隷を閉じ込めておいた洞窟やチェンバーがあります。他にも第二次世界大戦でイギリス軍がドイツ軍に対抗する為に築いた沿岸の軍事施設等を見ることも出来ます。

【奴隷が収容されていた洞窟】

色々見て回った後は飲み屋へ。しょんべん横丁よろしくのふきっさらしです。ここでビールを頂きました。ちなみにザンジバルはイスラム教徒が95%を締める地域。アヴァスもイスラム教なのですが酒は飲みます。結構お酒飲む人多いです。

【飲み屋 in マンガポアンニ】

このまま農村で彼の家に泊めてもらうことも出来たのですが、風邪で体調がすこぶるよろしくなかったのでこの日はおとなしくザンジバルタウンに帰ることに。残念。

●漁師の収入

さて、では彼の収入は幾らぐらいなのでしょうか。もちろん漁獲量によって実入りも変わります。漁に一緒に行かせてもらった時に見ているとあまり取れなかった時には10000タンザニア・シリングくらい、大目に取れれば数万タンザニア・シリングをもらっているようでした。もちろん全く取れない日もあります。一日の稼ぎを平均して20000タンザニア・シリングと仮定します。

そして一か月の内、一週間は漁が休みになります。そして漁期も週に1日くらいは休みをとるとすると、30日-7日(量が休みの期間)-3日(週に一回の休み×3)と考えれば稼働日は20日となります。

20000タンザニア・シリング×20日で400000タンザニア・シリングが月の収入になります。1$=1640タンザニア・シリングで計算すると243.9$となります。調子がとてもいい時は1000$近くの収入になる月もあるらしいです。

●魚の価格

ちなみに魚の値段ですが例えばある日の船上で販売されるアジのバケツ一杯(150~200匹くらいかと思われる)は40000タンザニア・シリングでした。一匹に換算すると約200~250シリング。

その日の市場でアジは5匹で2000シリングで販売されていました。一匹あたり400シリングになります。

そしてアジのから揚げが屋台では一匹700~1000シリングで販売されています。

基本的には小売り価格は日によってあまり変動が内容でした。しかし船上で取引されるアジの価格はもし漁獲高が多い日であればバケツ一杯で10000タンザニア・シリングにしかならないこともあるようです。取引の上流に近づく方が収入が不安定になるのかもしれません。

●自助グループの共同貯蓄制度

途上国で住民がグループを作ってお金をすこしずつ出し合い、それを貯めて誰かが借りられるという制度を行っているという話を聞きます。誰かが起業をしたりする時や傷病で急にお金が必要になったに時にその中から借りたり出来る仕組みです。

例えば女性蔑視が残っている地域での女性の自助グループ等、そのような自助グループは社会的な弱者が形成したりすることが多いようですが、それだけでなく収益の安定性が少ない職業においても利するところが多い制度のように思われます。

かつろう

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タンザニア・ザンジバルの漁師の生活 .39

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今回はタンザニアはザンジバルの漁師さんの生活をご紹介致します。
数回船に乗せて頂き、一緒に網を引かせて頂きました。

漁師さんの仕事の始まりは夕方の16時~18時頃。ザンジバルタウンにあるマリンディ漁港から船を出港させます。漁場をどこにするかはその日ごとにキャプテンが判断します。1~2時間くらいの場所に行くこともあれば、遠い所に行くこともあります。遠くに出て、翌日もその辺りを漁場とする場合はマリンディ漁港には戻らず、マンガポアンニ等近くの浜に寄港します。

そして漁場に着いたら碇を下し、陽が落ちるのを待ちます。どっぷりと暗くなったらいよいよ漁を始めます。まず小舟を海に下します。そして小舟に一人乗った漁師さんは魚群が寄ってくるのを待ちます。真っ暗な中で明かりをともしているので魚が寄ってくるのです。直接、海の底を見たり、魚が立てる気泡等を頼りとしたりして、魚群が下にいるかどうかを判断します。

魚群がいるとなったらいよいよ巾着漁という手法で網を打ちます。小舟を中心にして円を描くように網を下して行きます。網の上部には浮きがついており、下部には重しがついています。円を描くように打つとちょうど円柱状に網が垂れるような形になります。そしてその後、皆で綱を引くことで円柱の下部の部分を締めていきます。ちなみに綱や網を引くときの掛け声はモジャ、ビリー、タトゥーというスワヒリ語で、つまり、いち・にの・さんと言います。この辺りの掛け声は万国共通なのだなと感じました。

そして綱を引き、下部を締め、魚群が下から逃げられないようにしたら、いよいよ網を引きあげます。網をほとんど引き上げた後、残った空間にいる魚群を、別の大きな柄のついた網ですくい上げ、船内のボックスに入れます。このような網打ちを一晩のうちに1~数回行います。

暗くなるまでの時間や魚群を探っている間等の空き時間で睡眠を取ったり、手釣りをしたりします。手釣りとは直接ラインを垂らして釣ることです。竿などは全く用いずに、重りと餌を付けたラインを直接手で引きます。取りたい魚によって餌を下す深さや、ラインの太さなどを変えます。食付いた震えを感じた瞬間に内側に水平にラインを引くことでしっかりと針を食い込ませます。この手釣り、なかなか難しく熟練の漁師さんはバカバカと釣り上げていましたが、私は結局一匹も釣れませんでした。ちなみにこの手釣りで得た魚は本人の取り分になります。

そして日が明けてくると港に戻ります。朝8時~10時くらいの間に戻ります。そして船上が戦場に変わります。船の上で、その場で卸売りが始まるのです。船が港につくやいなや一斉に仲買人が乗り込んできます。他の船から移ってくる人や泳いで渡ってくる人がおり一気に船は満員になります。そして持参したバケツに魚を入れ、その場で買い付けます。価格はその日の他の船との兼ね合い、つまり港全体の漁獲量によって変動します。日によって数倍の値段の開きが起こります。俺に売ってくれ、価格は幾らだ、といったやりとりが為され、仲買人同士が言い争いをしたり、お金はないが魚をもらいに来た人がいたりと船上は喧騒に包まれます。

全て売り切ると、その場で売り上げが計算されます。そしてガソリンなどの必要経費や船主の取り分を引いた金額を船員に分配します。つまりその日の漁獲量によって収入が左右されるのです。全く取れない日は収入がゼロになります。そして朝10時くらいに陸にあがり、またその日の16時に港に来るという生活です。

一か月の内、月の12夜前後から一週間ほどは船を出さない期間になります。月明かりが強いと船上の明かりでは魚が寄ってこない為と思われます。その一週間の間に船やエンジン、発電機等の修繕を行います。この間に休養も取ります。

なかなかハードな仕事ですが、漁師さんたちは皆陽気でやさしく、力持ちで、そして誇り高かったです。日々当たり前に食している魚。漁師さんたちがおり、仲買人がおり、小売り・調理する人がいて、やっと食べることが出来る魚。当たり前の中には多くの人の日々の積み重ねが入っているのだということを身を持って勉強できました。

マリンディ港の様子

                          いざ出港!
                           手釣り
                           小舟と網
                           さかな!!!
寄港後の魚の即売
                                                   おしまい

旅行者の為のザンジバル(タンザニア)情報 .38

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基本的にタンザニアのザンジバルのストーンタウンなどがある島の中心地のザンジバルタウンに関しての2013年6月現在の情報です。

●ネット事情

ザンジバルではZANTEL(ザンテル)という携帯電話やネットの通信会社があります。そこのオフィスに行って20000タンザニア・シリングのモデム(PCのUSBソケットに差し込む小型のもの)を購入し、さらに通信料を支払えば通信出来ます。通信料は例えば一か月1.75GBで15000タンザニア・シリング等。日毎のものもあります。これがザンジバル島全域をどこまでカバーしているかどうかは不明ですが、少なくともストーンタウンなどがある中心地は速度、接続共にまったく問題ありません。(1$=約1600タンザニア・シリング)

またwi-fiは観光客向けのカフェ等には入っている所もあります。ちなみにOld FortやHouse Wondersの前にある公園付近には無料での公衆ワイファイが飛んでいます。

●写真の現像

写真のデジタルデータをプリントアウトしてくれるところがあります。ストーンタウンの前のマーケットやダラダラ(乗り合いバス)スタンドの近くにあり、その辺りで、KAIZAR PHOTO(カイザル フォト)と聞けば2人に1人くらいは知っています。プリントは1枚200タンザニア・シリングです。枚数が少なければ2時間くらいで仕上げてくれます。ちなみにこの写真の現像受付をしている女性のフォトショップさばきはメチャクチャ高速です。提出されたデジタルデータをトリミングしたりしているのですが、とにかく早い。一見の価値あり。

●両替

銀行では円を取り扱ってくれません。円からタンザニア・シリングへの両替が出来ないのです。街の銀行だけでなくダルエスサラームの空港でも円を両替出来なかったです。

円を両替する場合はストーンタウン前のダラダラ(乗り合いバス)スタンド脇の道にある市井の両替商に行きます。しかしレートがかなり悪い。例えば1$=100円くらいのタイミングで両替にいったとして、1$=1640タンザニア・シリングくらいのレートで交換出来る場合でも、100円=1500タンザニア・シリングになります。1$=95円のタイミングでなんとかお願いをして100円=1600タンザニア・シリングで交換しましたが、この一回限りで後日いっても1500でしか提示してもらえませんでした。ひどい所では100円=1000タンザニア・シリングのレートの両替所もあります。ドルを用意していくか、カードでタンザニア・シリングを直接引き出すかした方がいいと思います。

かつろう

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首狩り族は首を狩り続けるべきか .33 

マレーシアで首狩り族の村として有名なビダユ族のロングハウスを訪れる。猫の街として有名なクチンから車で一時間半ほどの所にある。

ロングハウスというのは行ってみてわかったが読んで字の如く家が長いのだ。竹でつくられた足場がずっと続いており、その足場で家々がつながっている。まるで大きな長い長い一つの家のようなのだ。

かつてこの村には首を狩るという風習があったとのこと。実際村を訪れるとヘッドハウスというドクロが籠の中に入っている倉庫のような建物を見ることが出来る。

また村の中にはゲストハウスもあり宿泊をすることも出来る。ところどころでお土産物屋や食べ物屋も見受けられる。

竹細工の上を歩きながら家々の中を見たりしていたが、かなり裕福に生活をしているようだった。ほとんどの家でTVやコンポがあった。村の人も観光客慣れしており、挨拶をしてくれる。ぎすぎすした貧困の感覚は村内には皆無だった。

●観光収入の計算

(住人数)

この村は観光で一体どれくらいの収入を得ているのだろうか。色々と聞いてみた。

まず人口。登録上は3000人程いるらしい。ただクチンに出稼ぎに出ている人も多いらしいのでまるまる3000人はいないという。家の数は146棟だという。ということは一つの家に20人住んでいるということになるが、聞いてみると4~7くらいが大半なようだ。別の人に聞いたら1000人以上は住んでいるといっていた。家の数が正確でない可能性もあるが、一つの家に7人住んでいるとして実数として約1000人の住人がいるとする。

(月の入場料収入)

観光客は村に入るのに一人8リンギット(1リンギット=約30~35円)払う。ツアーなども行われており、一日の来場者数はだいたい100~200の間くらいだという。

8リンギット×150人×30日=36000リンギット

(月の宿泊料収入)

そして村のゲストハウスに宿泊をする場合は一泊295リンギットかかるとのこと。頻度としては月に3~4回宿泊客がくるとのこと。一回あたりの人数は少ないとカップルの2人多いとグループでくることもあるという。
295リンギット×4人×4回=4720リンギット

36000(入場料)+4720(宿泊料)=40720リンギット
簡略化の為40000リンギットとする。

(世帯当たりの収入)

これを40000リンギットを1000人で割ると
一人頭40リンギットが収入として入る。

一つの家あたり6人の家族がいるとする。
40リンギット×6=240リンギット(一世帯当たりの観光収入)。
1リンギット=33.5円で計算すると一人頭1340円、世帯当たり8040円となる。

2012年のマレーシアの地方部での平均世帯月収は3080リンギット。
240リンギットは月の収入の約13分の1にあたる。

(日本の感覚値に当てはめてみる)

日本の感覚で考えると下記のようになる。
日本の地方の平均給与を360万(ボーナス込)として考え、月収30万とする。
その13分の1、約2.3万円のベースインカムが得られる計算になる。
もちろん彼らは別の仕事もしているのでその収入にプラスして2.3万円のインカムがあるということになる。

リンギットベースであっても数か月貯蓄をすればテレビやコンポを購入できるだけの金額になる。この金額はとても大きなものだろうと思う。

また村から歩いて15分ほどの所に学校があった。警察所は車で30分後くらいのところだという。警察機能が村の中になくてもよいくらい治安がよいのかなと感じた。

おばあちゃん

●文化の保存

よくエコツーリズム等の文脈で文化や遺跡の保存という観点の議論がされることがある。例えば山奥の民族であれば彼らとの接触それ自体が彼らの文化の破壊につながる。単純に西欧化したり、先進諸国の価値観を押し付けるだけが彼らの幸せにつながるとは限らない。

そこまでいかないまでも例えば途上国の村落開発で、地元の文化・風習の尊重と西欧の技術・価値観の導入という部分ではせめぎ合うことも多いと思う。

上記のビダユ族の文化の保存と先進国化のバランスは個人的にもとても良いのではないかと思っている。もちろん文化が本当の意味で保存されているかという議論はあると思うし、文化の多様性が失われることが人類としての損失と考えることも出来るかもしれない。

しかしそこに暮らす人たちが余裕をもって豊かに生きてゆくということが最も大切なことではないか。

ロングハウスで見た村はとても豊かだった。人に余裕があった。生活が安定している印象を受けた。何よりも大切なのはその人たちの生活だと考える。逆に言えばもし表面的に豊かになっていても彼らがそれに対して安らぎを感じなかったりするのであればそれは強制するものでない。

人類としての文化の保存や多様性の価値といったものも大切だと思うが、やはり一番大切なのはその土地、その文化の中で生きる人たちが安心して安定的に生活できることだと思う。

かつろう

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                           おまけ

からゆきさん Vol.28

皆さんは“からゆきさん”という言葉を聞いたことがあるだろうか。
漢字で書くと唐行さんとなり、19世紀後半に東アジア、東南アジアに渡って娼婦として働いた日本人女性のことらしい。唐は中国をさすのではなく外国を指している。

農村や漁村などの貧しい家庭の娘たちが連れて行かれたようだ。中には海外で奉公させるといって連れて行ったこともあるようで、場合によっては騙されるようなこともあったのかもしれない。

やがて国家の恥として批判されるようになり、1920年は廃娼令がだされ、海外の日本人娼館は廃止されたとのこと。その後1972年に『サンダカン八番娼館』が出版されるまでは戦前の恥部として一般に知られることは少なかったらしい。

学校で学ぶ歴史の中ではこのような負の側面は卑下され、見えなくなってしまうことが多い。国としてはありのままの歴史を伝えるべきだし、個人としてはフラットに選り好みをせずに自発的に勉学をし、直視すべきだ。

カンボジアやインドでこのような人身売買が現在でも存在している。例えばバングラディシュや隣接するインドのウェストベンガル州、ネパールなどからインドのムンバイに売られたりすることがある。もちろん同国内での売買もある。

またインドはそういった問題、つまり恥部に関して他国が干渉することに関して快く思わないこともあるようだ。ODAも積極的に受容する姿勢はなくなっている。

ややもすると現在途上国で発生している貧困や人身売買などの各種問題は彼ら彼女らのみが経験している問題と考えてしまいがちである。しかしそれは日本も経験してきた問題なのだ。戦後はエロア・ガリオア資金の提供を受けたし、ケア物資にも助けられた。政府からも民間NGOからも助けられたのだ。人身売買にしろ貧困にしろ、日本にとってつい100年以内の出来事なのだ。

やがて途上国においても今の日本のように、そういった問題の実感がなくなるような時代がくればよいなと思う。もちろん記録、記憶としては残して受け継いでいかないといけないが。

かつろう

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参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%86%E3%81%8D%E3%81%95%E3%82%93

写真の出典:生活情報センター「100年前の日本」より。

社会人インターンのススメ~かものはしプロジェクトでの経験から~ Vol.26

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本日約9か月お世話になったNPOを卒業する。この9か月間は無給で社会人インターンとしてお世話になった。

学生時代のインターンシップは日本でもかなり浸透してきている。就職活動の一環としての位置づけのものもあるが、本人の成長と社会変革の為という意義を持つインターンシップも多い。

ベンチャー、起業、NPOセクター、社会企業家等の分野のNPO法人ETIC(http://www.etic.or.jp/)、
政治家の元へ送り出しているNPO法人ドットジェイピー(http://www.dot-jp.or.jp/)等が有名だ。学生が無給やほぼ無給に近い状態でがっつりと仕事を手伝わせてもらえる。成長の機会としてはとても良い。

僕は会社を退職後、社会人インターンとしてNPO法人をお手伝いさせて頂いた。日本において社会人インターンという言葉や仕組みはほとんどないという風に言っても差支えないと思う。(僕の場合も直接代表アドレスにメールを送ってお願いをした)。

この社会人がインターンするという選択肢は今後もっと増えるべきだと考える。

●受け入れ側のメリット

・即戦力
学生インターンの場合は色んなことを教育しなければならないし、業務もモニタリングする必要がある。受け入れ側にも多大なるコストがかかる。しかし社会人経験者はその教育コスト、業務モニタリングコストが低くて済む。即戦力として活用することが出来る。

・コネクションの形成
社会人インターンは卒業後の営利セクター、非営利セクター、先進国、途上国各種の進路を取ることになる。学生インターンにも言えることだが、こういったインターンとの関係性がとても大きな資産になる。情報を得ることも出来るし、またボランティアやプロボノとして手伝ってもらう時に内部の事情も分かっているのでとても円滑に業務を協働することが出来るはずだ。

●社会人側のメリット

・幅広い経験が積める
基本的にインターンをする場合は元々いた仕事と遠い距離にある仕事の場合が多い。近い業界や業態であれば普通に転職をすればよいからだ。経験に左右されずに全く知らない業界や仕事の経験を積める。多様で幅広い経験を得ることが出来る。

また具体的な業務に関しても正式な雇用契約があるわけではないので柔軟に多様な業務を行うことが出来る場合が多い。例えば国際NGOの場合は日本と途上国、双方での勤務が短期間で可能になることもある。僕の場合も9か月の間に日本、インド、カンボジアでお仕事をさせて頂いた。

・成長に繋がる(上記と少し被ることは御免下さい。)
無給で仕事をするということはとても貴重な経験で成長に繋がるはずだ。もちろん人にはよる。しかし自発的に動ける人にとってはこれ以上の機会はない

何故なら人は対価を求めるからだ。金銭的対価がない場合、それ以外のもので自分が時間を使う対価をとても意識して求める姿勢が築かれる。例えば自己の成長であり、資格であり、経歴であり、人の繋がりであると思う。貪欲に金銭以外の報酬を求めることが自ずと成長、人生の発展に繋がるはずだ。

・就職に繋がる可能性もある
まず非営利セクターは間口が狭いと言える。そこで働いている職員の総数も狭いし、募集も頻繁にあるわけではない。このような政治やNPO等では知り合い伝いでの職員の採用も多い。これは募集コストが下げられると共に、その人の能力や姿勢が担保されるという意味ではとても合理的な手法と言える。そのような場合インターンで業界とのつながりを持っておけば就職に繋がる可能性もある。

●非営利セクター(NPO法人等)全体にとってのメリット

・優秀な人材の非営利セクターへの流入
社会人インターンという仕組みが広まることは非営利セクターにとってもとても大きなメリットになるはずだ。なぜなら優秀な人材が非営利セクターに流入するからだ。

非営利セクターは資格・経験を重視して採用することが多い。例えば修士の資格や途上国での経験、類似する業務経験などだ。こういった採用を行う合理性は高い。はずれがすくないからだ。しかし逆に言えばもしこのような採用しか行わない場合は同じような業界で同じような経験を積んだ人しか採用できない。それでは安定して業務をまわせたとしても革新的な手法や改善を行うことは出来ない。そのためには多様な経験を積んだ人材が必要になる。

この社会人インターンという仕組みが広まれば違う分野で多様な経験を積んだ人材が非営利セクターに参入することが可能となる。

非営利セクターとしては問題の解決が進めばたとえ自団体が解決をしなくても良いはずだ。市場のパイを取り合う営利企業とは違うはずだ(もちろんその限りではないが)。そのような人材の入り口として社会人インターンの仕組みを取り入れれば業界全体の底上げ、各種問題解決の促進に繋がるはずだ。

●営利セクター(株式会社)全体にとってのメリット

・ビジネスと社会貢献、双方の文脈をわかる人材の獲得
企業活動はどんどん多様で複雑になる。例えば途上国でのBOPビジネス、環境に配慮した製品等単に利益を上げるだけでは立ち行かないようになってきている。そういった時代で単に利益出せを上げられる人材だけでは企業活動としては満足でない。

営利セクターと非営利セクターの双方の文脈を理解できるような人材が必要になる。先進国と途上国のどちらでの経験もある人材が必要になる。そういった人材を底上げするためにも企業は非営利セクターとの人材の流動化をもっと奨励、促進すべきだ。例えばNPO法人クロスフィールズ(http://crossfields.jp/)が行っているような留職プログラム(企業が途上国のNGOなどに数か月自社人材を研修として派遣する制度)の利用や社会人インターンのキャリアとしての価値の認識を行うべきだ。

社会人インターンが広まれば企業としてもビジネスと社会貢献の双方の文脈を分かる人間を採用することが容易になるはずだ。

●NPO法人かものはしプロジェクト

ちなみに僕が社会人インターンシップをさせて頂いたのはNPO法人かものはしプロジェクト(http://www.kamonohashi-project.net/)だ。手前味噌で恐縮なのですが、とても良い経験を積ませて頂いた。カンボジアでは孤児院支援や警察支援、インドではNGOコーディネートや資金提供、日本国内ではファンドレイジングというようにNPOとしてとてもしっかりとした活動を行っている

そういった非営利的な側面だけでなく、過去のHTMLのコーディング事業や現在のカンボジアでの工房経営事業等、ビジネスの側面を有している。行っている事業だけでなくて、ファンドレイジングでペルソナマーケティングの手法を活用したりと、ビジネス的な手法・考え方の応用をとても自然に行っている。

設立して10年というとても若いベンチャー気質のNPOだからこそ自発的に仕事を行うことが必須となる。その自発性がリーダーシップの開発や成長に繋がった。

 進路の選択肢の一つとして社会人インターンシップというものを意識して欲しいと切に願います。社会人インターンというものが当たり前の選択肢として考えられるようになれば世界の様々な問題の解決がとても加速すると信じています。

『世界で一番いのちの短い国』 シエラレオネの国境なき医師団 山本敏晴著 書評その2 Vol.24

途上国で生活するにあたってkindleを購入した。今回はそのkindleで初めて読んだ本の紹介。お会いしたことはないがとても尊敬する山本敏晴さんという方の本。僕自身が青年海外協力隊という選択肢を選んだのもこの方の影響によるところが大きい。

参考;青年海外協力隊の良し悪し
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51901806.html

【読んだ本】

世界で一番いのちの短い国
~シエラレオネの国境なき医師団~
山本敏晴著

【著者】

国境なき医師団に参加し、医師としてシエラレオネのプロジェクトに関わる。その後のアフガニスタンのプロジェクト等を経て自身でNPO法人宇宙船地球号を設立し、真の国際協力を行える人材の啓発活動等を行う。

【一言サマリー】

“本当に意味のある国際協力とは何か。”

【概要】

著者が医師として国境なき医師団のシエラレオネのプロジェクトに参加した半年間を臨場感満載で面白可笑しく描く。著者は地域医療の向上という国境なき医師団の医療のミッションを遂行しながらも、自身の目的である持続可能な国際協力、つまり自らが去った後も医療の質をこの国が独自に維持できるよう現地の医療スタッフに教育をすること、を行う。
このプロジェクトを通して、本当の意味での国際協力とは何かを著者自身が悩みながらも考え、伝えていく様がとても簡潔に、正直に述べられている。

【所感】

●教育とその後のシステムの確立
教育とその後のシステムの確立が国際協力において重要なポイントの一つだと筆者は述べている。これはサステナビリティということだ。単に一時的な援助・支援を行うのではなく将来に渡って継続的に改善・発展する為には現地の人を教育し、彼らが運営していく必要があるということだ。

この視点は本当に大切だと感じる。僕自身大学で経営学を勉強した。“事業システムと競争戦略”というゼミでとても色々なことを学ばせて頂いた。事業システムにおいての一つの肝が“仕組み化”だ。言い換えれば属人的な成果でなく、仕組みとして持続的に収益を上げられる構造を築くということだ。例えばその人が抜けたとしても問題なく事業が継続できるような仕組みを構築することが大切なのだ。

また同じく大学時代、衆議院議員さんの事務所でインターンをさせて頂いたときにも仕組みの重要性を感じた。国会議員というのは仕組みをデザインする仕事なのだ。現場で業務を行うプレーヤー、そのプレーヤーを取りまとめて運営するマネジャー、そして彼らが仕事をする仕組み・枠組みを作るデザイナーがあると考えるとするとやはり最も影響力が大きく、社会を変革できる力を持っているのは仕組み・枠組みを作るデザイナーなのだ。

会社員の営業マン時代もこの仕組み化を徹底的に叩きこまれた。社としての最も大きな強みが、誰が営業をしても一定以上の成果を上げられるように作り上げられた、徹底したプロセス管理だ。つまり行動のプロセスを管理することによって、属人的でない安定的な成果を出し続けることを可能にしているわけだ。

幸運なことに大学~社会人と、この“仕組み化”をとても重視する組織にいることが長かったことにより、この持続可能なシステム化という考え方は僕自身の仕事に対する姿勢の大きな一要素になっている。青年海外協力隊含め今後国際協力の活動を行う際にもこの根底の考えを忘れずに、仕組みを組み上げられるように精進して行きたい。

●本当に意味のある国際協力とはなにか。
また筆者は本当に意味のある国際協力とは何かという問いに対して、明確に答えがあるというわけではなく、わからないとも述べている。
人間年を取ると、ややもするとわからないということを言うのが億劫になる。なんらかの答えを求められるケースも多くなる。しかし著者は誠実にわからないと言っている。僕もそういう人間であり続けたい。

恐らく国際協力という問題に対して明確な答えは世の中には存在しえないのかもしれない。とても複雑で、汚い部分も多くあり、矛盾する部分もたくさんある業界だからだ。僕自身も恐らくこれが正解と言える答えを死ぬまで持つことは出来ないと思う。正解のない人生でもがきながら悩みながら生きて行くのだろう。その道程の中での成長や出会いや発見に人生の価値を見出して行ければといいなと思う。

かつろう

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パンとイスラム教 Vol.21

皆さんは以下のようなジョークを聞いたことがあるだろうか。

・犯罪者の98%はパンを食べている。
・パンを日常的に食べて育った子供の約半数は、テストが平均点以下である。
・暴力的犯罪の90%は、パンを食べてから24時間以内に起きている。
・パンは中毒症状を引き起こす。被験者に最初はパンと水を与え、
後に水だけを与える実験をすると、2日もしないうちにパンを異常にほしがる。
・新生児にパンを与えると、のどをつまらせて苦しがる。
・18世紀、どの家も各自でパンを焼いていた頃、平均寿命は50歳だった。

上記はパンについて誤ったことは述べていないが、
パンは危険であるという印象を与えることに面白みがある。

マレーシアへ向かう飛行機の中で横に座っていたマレー系シンガポールの方と話をする。
彼女は元々仏教徒だったのだが、15年ほど前にイスラム教に改宗したとのこと。
旦那さんは日本人で、娘さんもいらっしゃる。

やけに“おばちゃん”という発音が流暢なこの50代半ばくらいの方は
イスラム教への間違った認識を嘆いていらした。
学校で娘がイスラム教だからといじめられたこともある。
自身に対しても仕事中は日本人も普通に接してくれるが、
外を一緒に歩こうとはしてくれないらしい。
ビジャブというスカーフを頭に巻いている為、一見してムスリムとわかる為だ。
キリスト教や仏教の人が犯罪を犯した場合はその動機や事件の背景が報道されるのに、
イスラム教徒が犯罪を犯した場合はなぜか宗教のレッテルが全面に出る。

少し前にイスラム過激派による犯行とはいうものの、
その国のほとんどの人がイスラム教だった場合、
単にその母集団における過激派なわけでイスラム教というのを付けることに
正当性を感じないといった内容のブログを読んだ。

まさにその通りだと思う。僕個人に関して言えば、イスラム教の人に危険な目にあわされたり、
何か変なことを言われたということは全くない。
むしろとても礼儀礼節を重んじ、人に親切にしてくれる印象しかない。
例えばトルコを旅行した時も皆にとてもよくしてもらった記憶しかない。
唯一あるとすればインドでトイレを貸してもらえず、
結局UOA(Unko in the Open Air)をすることになった思い出くらいだ。

しかし多くの日本人はイスラム教の人と接したことがなく、
情報を報道に頼っている現状があるので、
どうしてもイスラム教への偏見を持つことは仕方がない部分もあるかもしれない。

そう考えたときにやはり自らの一次経験というものの価値を再確認する。
人から伝え聞いたこと、新聞やTV等のメディアから得た情報、
本から得た知識、それらはもちろん大切だがやはり第一に依るべきは個人の経験と思考なのだ。

かつろう

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